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今日は妻の命日

今日は妻の命日。

普段は明るく元気に過ごしている僕も、
さすがに今日は少し辛い。

・・・会って子供のこととか話がしたいな。

でも、時間は恐ろしいくらい逆戻りできない。

結局、今を生きるしかないんだな。
当たり前だけど。
(何度思ったことか)


さて、今年も命日にあわせて、
病院に行き、わずかですが、
がん撲滅の研究費を寄付してきました。

「3年前、ここにいたなあ」と思うと同時に、
多くの人が妻と同じように闘っている。

「人類が、がんを克服できますように」
と祈ってきました。


そして、家には妻のお友達からお花も届いています。
3年経ったのに、忘れずにいてくれて、本当に感謝です。
ありがとうございます。

今から、美味しいお菓子買ってお供えして、
夜は皆で祈りを捧げます。

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神様との契約

(闘病中の)妻をモチーフにした「優しい世界」、この歌の歌詞に、

ねぇ、どうして…
そんなにも君は優しくなれるの…?
」と。

この歌詞は、今でも
僕の心の中にある「妻への問い」でもある(と以前言いました)。

天国の妻から僕に出された、一生ものの宿題かな。


だから、おりにふれ考え、答えを探しているんだけど、
今日は、一つ思い当たることがあったので、書いてみますね。


妻はガンになった時、こんなことを言った。

「もし神様が、家族四人で誰かが病気にならなければいけない、
と言ったら自分でいい」

僕は、その時、何でそんなに悲しい事を言うのだろうか、
「そんな残酷な人?は神様じゃない」とか言って、

妻の発言の真意がわからなかった。


でもね、今になって思う。
あの言葉は、妻と神様との契約だったんじゃないだろうか。

「もし病気が避けられない運命ならば、
自分が病気で苦しむ代わりに、家族は助けて欲しい」と。


どういうことか?

つまり、彼女は、これから自分が闘病に向かうにあたって、
苦しむことはわかっていた。

もしかしたら「死」があるかもしれない。


そんな状況で、ただ苦しんだり、死を迎えたりすることは嫌だ。
生きている意味が欲しい。

そこで彼女は神様と契約をした。

「自分が病気になることによって、
家族は病気にしないこと」


人生は虚しいし、
人は何故生きるのだろうか?
って誰だって思う。

特に病気になれば、なおさらだと思う。


誰だって、生きている意味を見出したい。


たぶん、彼女は、神様と契約することによって、
自分の人生に意味を持たせ、
自分の闘病を支えていたんじゃないだろうか。


あれから3年。

あの言葉の真意が、ふっと思い立ったようにおりてきた。
もしかしたら、天国からのメッセージだろうか。


今日は、そんな日でした。

ありがとう。

ねぇ、どうして… そんなにも君は優しくなれるの…?

先日ご紹介した「優しい世界」、沢山の方に聴いて頂いています。本当に嬉しいし、何より(作詞・作曲の)松谷さん、(イラストの)七田さんには改めて感謝です。

ありがとうございます。

その「優しい世界」、細かい話ではありますが(笑)、
サビの部分では、こんな歌詞があるんですね。

ねぇ、どうして…
そんなにも君は優しくなれるの…?
」と。

この歌詞、実を言うと、闘病生活から今日まで、
僕の心の中にある「妻への問い」でもありました。
(恥ずかしいですが、松谷さんがきちんと歌詞にしてくれました)

つまり、ガンという不条理に遭遇し、
どうやって妻は正気を保ち(いや、むしろ明るく)、
他人に優しくなることができたのだろうか?

妻が生きている時は聞けなかったし、
(亡くなってしまった今となっては)
その正しい答えは永遠にわからない。

でも先日、ナチスの強制収容所に収容された精神科医が書いた「夜と霧」という本を読んで、その答えが少しわかったような気がした。

その本によると、
ナチスの強制収容所もまた不条理だらけの世界だった。

収容者は、具合が悪くなれば殺され、元気でも殺され、微笑んでも涙ぐんでも、無表情でも殺された。

全くの無作為と気まぐれ、法則性もないし、努力も何も関係ない、
あまりの不条理な(銃殺される)世界がそこにあった。

そんな中で、ある人は精神破綻し、ある人は正気を保った。

その違いは何か?

精神科医の著者は言う。
「生きる意味と結果」を問い続けた者は精神破綻し、
「ひたすら生きる」ことを考えた者は正気を保った、と。

(もちろん、この本が全て正しいとは思わないけど)
「そうだったのかも・・・」と僕は思い当たる。

確かに妻は、生きる意味も結果も問わなかった。

どんなに治療しても、どんなに体にいいことやっても、
どんどん具合が悪くなっていく。
結果、旅行も行けなくなって、
美味しいものも食べられなくなったけど、

「何故?どうして?」なんて言わなかった。

ただひたすら生きることを前提に、
あの病気から生き抜くことだけを考えていた。

出来ることは全部やろうって。
ひたすら調べ、考え、行動する。
これが僕らの闘病生活のパターン。

そういえば彼女とは戦友でもあったっけ。


日本には、
「人事を尽くして天命を待つ」という言葉があります。
これは、僕が闘病中に自分に言い聞かせていた言葉。

この言葉と相通じるところもあるのかな。
確かに僕も正気を保っている(つもり?)。


だとするなら、最後に子供達にも伝えておきたい。

この世の中、不条理なことが多い。

「出来の悪いアイツが合格して、自分は不合格」
「普段さぼっているアイツのほうが出世した」

「やっと家を建てたのに、地震で壊れた」
「なんでリストラなんだよ?」

なんで、なんで、なんで・・・・・。
人生は不条理との闘いかもしれない。


でもね、僕たちは生きるしかない。
ひたすら生きて、生き抜くこと。
その大切さを知って欲しい。


子供達、もちろん今は
「報われない不条理もある」なんて考える必要は全くない。
そもそも努力しろよって話だし。
でもね、努力しても報われない時、何か不条理なことがあった時、
いつか、そう悟ってくれる日もくるかなあ。

「僕らは全力で生きるしかない」って。
お母さんのように・・・


今日は、そんなこと思いました。
またお会いしましょう。

ありがとうございました。

優しい世界

以前、妻のことがテレビになったと言いましたが、
そのテレビを見てくれた、ある女性から連絡がありました。
(もう半年以上前のことですが)

「テレビ放映があった日から一向に千里さん、
ジョンさんのことが頭から離れません・・・
どうしても千里さんの生き様から得た感動を私なりに形にし、
多くの人になにか感じ取ってほしいと思ったのです。」
と。

その女性の名は、松谷さやかさん。

福岡の音楽事務所に所属し活動しているアーティスト。
(この春、大学卒業して働きつつも)

そんな彼女と何回もメールやりとりし、
彼女の誠実さ、頑張り、努力、
若者特有の清々しさとムチャ
(作業で徹夜の連続とか、笑)、

逆に僕が心を打たれました。
ありがとうございました。


そんな彼女達が作った、
千里(亡き妻)をモチーフにした歌がこちらになります。

「優しい世界」

皆さん、どうぞ↑をクリックして聴いてみてくださいね。

彼女のお友達、七田ノリコさんが
イラストも作ってくれました。
綺麗で切なくて、最高です。

本当に感謝感謝です。

今日、天国の妻にお線香焚いて届けます。
多くの人の幸せにも届きますように。

ありがとうございました。

残る罪悪感

今日は読者から、こんなお便りを頂きました。
まずは掲載してみますね。

-----------------ここから-------------------------

突然のメール大変申し訳ありません。
私の妻も骨肉腫という病気で、
2010年7月に発症しまして、
約1年5か月の闘病の末、昨年12月に亡くなりました。

まだ2か月程しか経っていないのですが、
毎日悲しみに暮れています。

妻は病気の事はもちろん知りながら、
共存でも良い、まだまだ生きたい、生きるんだと頑張っておりました。

でも、私は医師から余命の宣告を受けていましたが、
それを妻に最期まで言う事ができませんでした。

いつもあまり進行もしてないから大丈夫だって嘘ばっかりついて、
言葉の治療と思い自分を説得してました。

でも、その罪悪感がいまだにありまして。。
妻はどう思ってるのだろうと思ってしまいます。

今は何か妻に関わりがある事をしてなければ、
なんだか落ち着きません。

未だに病院に入院してて頑張っている様な気もしますし。。

(妻が亡くなる時のこと)
その病院は、車で4時間程の所なんですが、
2日前まで元気に外出して、
家族みんなで買い物していたのに、

そのあと急変し、
病院へ行った時はもうただ声を出し
苦しそうに呼吸してるだけでしたので、
心残りで仕方ないんですよね。

夜中呼吸が止まった時の、
シーンとなった事を思い出すと凄く辛いです。

ジョンさんも海外よく行くのですね。
私も好きで、
心が落ち着いたら一人旅でもしようかなと思っております。


ではまた。

-----------------ここまで-------------------------


奥様のご冥福、心よりお祈り申し上げます。

お気持ち、お察しいたします。
僕も同じような罪悪感があります。

何故なら、
入院して帰らなかったというブログにも書きましたが、「もう二度と戻ってくることはできない・・・・」あの時、僕も妻には本当のことは言えなかったから。

その罪悪感が同じ。

本当のこと伝えるべきだったかなあ、
いや、やっぱりそんな事できなかったし・・・

妻はどう思って逝ったのだろう?
今でも考えてしまう。



ちょっと話が変わりますが、
今日、車に乗っていたら、FMから
ユーミンの「春よ、来い」が流れました。

妻の余命宣告された頃、今日と同じように車内には「春よ、来い」が流れたことがあったのですが、でも、その時は妻は突如として、

「お願い止めて。この曲聴きたくない。」

と叫んだのです(今でも印象に残ってます)。

慌てて、すぐにスイッチを切ったのですが、妻の眼には涙。
「何故?」って、僕は聞き返すこともできずに二人とも沈黙が。

もちろん「春よ、来い」は、しみじみする名曲。

でも、曲調も悲しいし、「春よ、来い」って歌詞、あの時の妻には残酷な綺麗ごと。「だって、春は来ないんだから」。妻は、その矛盾に耐えられなかったのだろうか。

今日はお便り貰って、偶然にも車でこの曲を聴いて、もしかすると(僕は告げることできなかったけど)妻は覚悟していたのかなと考えたりしました。

今となっては想像するしかないですが。

僕もお便り下さった方も(残された者には)、罪悪感、葛藤、後悔、色んな気持ちがあります。でも、僕たちは生きるしかない。

今日は、(自分も含めて)「ガンバレ」ってエール送ってみることにしました。
お便り、ありがとうございました。


プロフィール

ジョン

Author:ジョン
1968年生まれ、男性。
1996年に結婚。
1998年長男ユータ誕生。
2002年次男ピースケ誕生。
2005年妻が乳癌発症。
2005~2009年、闘病生活。
2009年妻が38歳で他界。

東京で男3人暮らしが始まる。

大学卒業後、日本有数の大企業に就職するも、ちょっと自分の人生観と違った(?)ので2000年に退社。その後、ベンチャーや転職を繰り返す。

2008年にフリーで稼げるようになって何とか独立。後は苦労をともにした妻と人生を謳歌したい・・・・そんな夢も実現できると思っていたのに、病気だけは何ともなりませんでした。無念です。

最後の1年間は僕もフリーで時間があったし、家族一緒に色々と旅行しましたよ。幸せのひとときでした。写真は最後の沖縄旅行で妻が撮影したもの。この旅行も家族のいい思い出になりました。

さて、これからどう生きるのか?家事は?育児は?仕事は?一応、このブログに綴ってみます。どうなることやら。

では、では、いってみましょうか。

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