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息子たちが固まった日

先週水曜日、僕は子供たちが久しぶりに泣いているのを見た。その原因は「ベストハウス123」というTVに出てきた「鎌田茜」さんという一人の女性、そして母親。

ちなみに、「鎌田茜」さんについては、youtubeで
ママは生きる!がん余命宣告6か月」がアップされています。

彼女は2歳の子供を残して癌で亡くなったのですが、その最期のビデオレターがTVで放映されていました。

最初、僕だけTVを見ていたのですが、ひょいとTVを見かけた息子たちは、もう見た瞬間から一気に固まり身動き一つしなくなりました。そしてTVの最後は、目に一杯涙を浮かべ泣いてました。

可哀想でした。

たぶん、彼女の最期の状況が我が家と似ていたので、何かを思い出したのでしょう。僕は、死の1週間前、死を意識した妻が息子たちと抱き合っていた姿を思い出してしまい、同じく涙がこぼれました。

息子たちは、妻が亡くなった日に1時間くらい遺体にすがりついて泣き、お葬式の時、火葬場での別れ、それぞれ泣きましたが、それ以来あまり泣くこともなく、元気に(寂しさも感じさせずに)過ごしていたので、「TVを見せなかった方が良かったかな~」とも思いましたが・・・・

でも、こうやって何かのきっかけで、
たまに泣くのもお母さん孝行なんですよね、きっと。

そうやって普段は普通に、何かきっかけがあれば思い出し、時には涙して。そんな繰り返しで大人になっていくのでしょう。

そんな息子たちを久しぶりに見た日でした。


●追伸
妻が闘病生活をしていた頃は、妻もTVを通じて「鎌田茜」さんに随分と励まされていました。その後、どうしたのかな?と思っていたのですが、1年前にお亡くなりになっていたのですね。

彼女のご冥福、謹んでお祈り申し上げます。
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テーマ : 男の育児
ジャンル : 育児

年金がパーになった話と児童扶養手当

妻が亡くなり、先日「国民年金」に死亡届けを出しました。まあ届けと言っても、電話一本するだけですけどね(味気ないもんです)。

で、通常なら死亡届けを出すと、その後は遺族年金なり死亡一時金が出るのですが、妻の場合は全く何も出ません。

何故なら、あまりに若く亡くなってしまったから。

つまり必要加入期間の25年間に満たないんですね。妻の場合、約19年間の加入期間があり、あと一歩というところで、パーになったという感じです。

まあ、これは色んなところで問題になっているので、ここでは言及しませんが、確かに25年間という期間は長すぎる気がします。だって「年金」ですよね。これだったら掛け捨ての保険か税金と同じですもんね。

まあ、そんな感じで「年金」の話は終わりです。

次は「児童扶養手当」の話です。「児童扶養手当」は、一人親家庭への国からの援助です。ただし、これも条件があって「一人親は母親に限る」とのこと。

要するに、女性のほうが弱い立場(というと語弊がありますが)なので、「男は一人でもがんばれ」ということなんですね。

男の僕からすると、男の一人親でも困ることは多々あるわけですが、でも基本的にはこの考え方には賛成です。母親の一人親の方を、より救ってあげて欲しいと思う。

でも政権が変わって、この「児童扶養手当」も見直しの対象になりました。国会審議が通れば、この8月から男の一人親家庭にも支給が開始されるらしいですね。

特に社民党などが「同じ収入で、母子家庭なら受けられる支援が父子家庭で受けられないのは、どう考えてもおかしい。子どもにとって父子家庭か母子家庭かは関係ない」と強硬に主張したとか。

まあ、くれるなら僕も貰うとは思うけど・・・・(苦笑)

でもね正直、僕は「どうかな?」とも思っちゃうんですよね。女性よりも男性のほうが不利になる条件を受け入れてこそ「男の美学」があるはずじゃなかったのかと。

なんか、僕の感覚と国はズレているなあと感じた日でした。
ってことは、世間一般ともズレているんですかね。

まあ、いいや。

ちなみに、全国の男の一人親家庭というのは10万世帯です。

テーマ : パパ育児日記。
ジャンル : 育児

天国からのメッセージ

友人からのお花

今日は妻の友人がお参りに来て花を添えてくれました。そこで不思議な話を聞きました。本当に不思議な話なので、わかりやすく初めの経緯から書いてみますね。

妻の親友にAさんがいます。Aさんは、先日、小学校の親睦会に出席したのですが、そこで偶然Bさんと隣り合わせになりました。

ちなみにAさんとBさんは、ほとんど初めて話す間柄。さらに妻とBさんも知り合いではありません。

そんな状況下での会話。

Bさん:「年末、うちの小学校のお母さん亡くなったんだよね。誰か知ってる?」(不意に、こんな話を始めたそうなのです)

Aさん:「知ってるも何も、私の親友だよ」
Bさん:「本当?実は私にメッセージが届いているの」

Aさん:「えっ、どういうこと?」
Bさん:「少し霊感があって・・・・」

ということで、妻が天国から家族に宛てたメッセージなるものが、Bさんに届いているらしいのです。それがAさん経由で我が家まで来た、と。

それにしても何とも不思議な話じゃありませんか。両者が親睦会に出席したこと。さらに席が隣になったこと。そんな話を不意に始めたこと。色んな偶然が重なっているのです。

いや、これは偶然じゃないんですよね。
必然なんですよね。

きっと妻は天空から見ていて、Bさんに言えば我が家に届くと計算したのでしょう。さすがだ!

で、実際に受け取ったメッセージなのですが、

「これからは大きな事でなくていいの。いつも家で言っていたことを大切にしてね。」

とのことでした。

「あ~、これ、いかにも妻が言いそうなことです」
これは僕も確信できました。

でも、具体的に「大きな事」と「何を大切にするのか」の部分は、あれもこれも思い当たるような気がして、色んな事が頭を駆け巡りました。一体どういう意味なのだろうか?

「もう!あいかわらず勘が鈍いよ」って、
また妻に怒られそうですが、ごめんごめん、ちょっと許してね。今からしっかり咀嚼して実行するから(と妻にお願いしてみました)。

そしてBさんから最後の伝言で、
「妻は自分の死を受け入れ、今は穏やかに過ごしている」とのこと。

「そっかー」とちょっと安心したような。
でも死を受け入れるのは辛かったよね。

なんか、今日はそんな話を聞いて涙が出ました。

もちろん、このメッセージは子どもたちにも伝えて大事にさせて頂きます。Aさん、Bさん本当にありがとうございました。

続きを読む

確定申告をしてきました

昨日、税務署に行って確定申告してきました。
やっぱ、この日が終わると気分が晴れますねー。

たぶん税理士さんに頼んじゃえば作業も楽なのですが、今は節約という意味もあるし、(独立2年目なので当面は)自分で理解したいという意味もあって、会計処理は全部自前でやってます。

そりゃ、確かに凄く面倒です。

でもね、「会計」は人類の偉大な発明と言われるだけあって、勉強してみると結構面白い。特に「仕訳」から「決算書」までズレなく数字が出来ていく美しさ、これはパズルを解くような(マニアック的な)楽しさもあるわけで、僕自身は作業自体は割と好きだったりする。

と、まあ、そんな事はどうでもいいのですが、今年「医療費控除」の整理をしていて、ちょっと気がついたこともあった。

昨年までの「医療費」は、高額療養費の対象になって多くが戻ってきた感じがしたのですが、今年はその割合が少ない、と。

これは何を意味するのか?と考えてみた。

高額医療費の対象は同一人物・同一病院が条件だから、その割合が少ないということは、要するに、

色んな病院に行って色んな治療を受けて、民間の抗癌剤も沢山買いましたよ、ということだ。

結果、数字となって出てきたのだ。

昨年、妻が末期癌になった時に「悔いなくお金を使おう」と決心していたので、そんなお金は惜しくもなんともないのですが、こういう所にも数字となって出てくるんだなーと、妙に感心した今回の確定申告でした。

あの頃が、ふっと夢だったのかと思うとき

友人からのお花

1ヶ月ほど前、寒中見舞いを出しました。その寒中見舞いを受け取った(亡き)妻の学生時代の友人3人がお花をもってお参りに来てくれました。

妻とは数年来会っていなかったそうですが、まさかこんな形で再会するとは思わず、遺影を見るなり「○○ちゃん(妻の名前)」と叫んで、泣き崩れてしまいました。

僕も思わず涙が出ましたが、ひとしきり昔の思い出話や写真などを見て、妻を偲ぶことができました。ありがとうございました。

さて、その友人達が帰った後、ちょっと僕の中で感覚が変わってきていることにも気がつきました。それは、友人達が発した

「まだ、いる気がする」

という言葉。もちろん、これは「妻が亡くなった事実を実感できない」という意味ですが、確かに妻が亡くなった直後は僕も凄く共感できた言葉です。

病院に行けば、家に戻れば、あのスーパーに行けば、あの公園で待っていれば・・・・・・

「まだ、いる気がする」と。

でもね、妻が亡くなってから2カ月余り。今日、その言葉に共感できない自分に気がついたのです。

なんでだろうか。

それは、僕(たち家族)の場合「まだ、いる気がする」という幻想が毎日毎日、日常生活の中でひたすら否定され続けているからだ。家に戻ってもいない。いつも4人でしていた食事は3人。朝起きても3人だし、化粧台を探してもいない。車に乗っても優しい声がない・・・・・と。

「もう、いないんだ」「もう、いないんだ」「もう、いないんだ」
と現実がひたすら押し寄せて来る。

だから、「まだ、いる気がする」とは思えなくなっているのだろう。いや、よくよく考えてみると、もう僕の感覚では、むしろ「あの頃は夢だったのか」「あの闘病生活は本当だったのか」と思えたりすることすらある。

こうやって感覚が変化していくことが、もしかしたら人間の強さなのかもしれません。今日は、そんな感覚の変化を実感しました。最後、僕の今の感覚を言葉にしてみると

「もういないんだけど、でもいるよね」と。

そんな感じが、一番近い気がします。

最近の中学校は進路指導しないらしい

前々回「小学校が荒れているらしい

前回「中学校も荒れているらしい

ということで、2回に渡って学校調査報告しました。で、今回は地元「世田谷の公立中学校」の調査報告です。調査者は私自身。

ちょうど学校公開ということで、中学校を見学してみましたが、結論から言うと、そんなには荒れてなかったです。「授業中一番態度の悪い奴が2,3人昼寝をしていた」というレベルでした。

まあ、そのくらいのレベルなら、親としては許容範囲なのですが、「逆に健全すぎるかも?」という疑問もわきました。そこで、ちょうど暇そうな先生?がいたので、立ち話で「ぶっちゃけ、どうなの?」と聞いてみました。

すると、この中学校は、都内ではかなり健全な方らしいです。その先生曰く「○○市や○○地区は荒れてますよ、授業になりません」とのこと。もちろん指導する先生の問題もあるのでしょうが、総体的にはかなりの「地域差がある」というのも事実らしいです。

でね、ちょっと話題がずれるのですが、他にも驚いたことがあって、それも書いてみますね。

それは「中学校では、高校の進路指導をしない」という事実。

「えっ?!」って思うのは僕だけでしょうか。僕の中学校時代を振り返ると、先生が「お前の成績だったら、この学校」「あの学校に行きたいなら、もっと勉強せーよ」と叱咤激励していましたが、この中学校(だけ?)は、そういう指導を一切しないとのこと。

僕の感覚からすると、過去の膨大な生徒の成績、現在の生徒の成績、地域の学校の特色を踏まえて、「進路指導するのは、当然先生の役割」と思います。だって家庭じゃ無理ですよね。

でも、中学校では、基本的に高校受験は生徒の望みどおりの学校を受験させるらしいです。(これは想像ですが)下手に干渉して、親や教育委員会に叩かれるのが嫌なんでしょうね。

じゃあ誰が指導するのか?というと、それが塾の先生の役割というわけです。

田舎出身の僕からすると「何故、皆塾に行くのか?」とかねがね疑問だったのですが、その疑問が今ついに氷解したような気もして、そういう意味では多少嬉しかったりもしましたが、それにしても最近の先生は「生徒が悪くても手を出さない」「生徒が困っていても進路指導もしない」って、何か責任逃ればかりしていて本当の教育を無くしてしまった気もします。

全く困ったもんですが、それはそれとして、そういう状況なら親としては何か考えざるを得なくなってきました。

そんな折に、ユータの友達の親が「良心的な個人塾の先生がいて、ユータ君も一緒に行かない」というお誘いがありました。で、とりあえず来月あたりに体験授業を受けて、僕とその塾の先生の面談も入れて貰いました。

さてさて、このへんに活路があるのでしょうか。

まー、最終的に中学校の先生も駄目、塾も駄目なら、親の僕が自分自身でやるしかないですけどね。今日はそんなこと思いました。

中学校も荒れているらしい

ザッハトルテ
一昨日のバレンタインデー。今年は、義姉、妹、ご近所さんからチョコレートを貰いました。写真は義姉から届いた(テレビでも紹介された)菓子乃季のザッハトルテ。皮肉なことに、妻が亡くなり今年の我が家のチョコレートの数は増えたという感じです。皆さん本当にありがとうございました。嬉しいです。


さてさて、前回「小学校が荒れているらしい」という話をしましたね。今日は、中学校の調査報告が入りましたので掲載します。

予想通りと言うか何と言うか、やっぱり中学校も学級崩壊しているらしいです(苦笑)。具体的にどんな感じかと言うと、中学校では授業中にトランプをやっている子が5,6人いるとのこと。もう、そんな話ばかり聞くと何が普通かわからなくなってくるので聞いてしまいますが、

これ普通なんですか?

違いますよね。たぶん。

で、その原因かどうかは断定できませんが、もう一つ驚く情報があって、なんとその学級の親は1/2が離婚して片親なんだそうです。

これも異常な数字ですよね。

まあ、今の時代、3組に1組は離婚すると言われているから、異常でもないのかな。望みもしないのに妻と死別して片親になった僕としては、それを聞いた時には一瞬腹立たしくなりましたよ。

でも、まあ落ち着いて考えれば、個々に離婚する事情はあるわけだし、その自由も保証されて然るべきですが、問題はその数の多さですよね。これも地域性なのか?偶然なのか?時代なのか?

とりあえず我が田舎は、そんな状況のようです。後は東京の中学校も調査してみます。まあ、もちろん男の子ですから、劣悪な環境ほどバネになるという要素も無くはないですが、「孟母三遷」とも言うし。

そんな教育現場の事情を少しずつ調べ、今日は1人悩む父親でした。

小学校が荒れているらしい

今日は恥を忍んで、我が母校の小学校の話をしますね。ちなみに、僕の卒業した小学校は、ある地方の県庁所在地にあって、普通の公立小学校です。

で、何が恥か?という話なのですが・・・・
我が家は、今現在、東京に住んでいますが、妻が亡くなったので子供たちを連れて田舎(地方)に帰って、そこで生活を再スタートする、という選択肢もなくはないわけです。そうなれば、当然、息子たちは田舎(地方)の小学校に転校です。

まあ、今の時点では、それほど現実味を帯びた話ではないのですが、一応「転ばぬ先の杖」ということで、地元の友人に(我が母校の)小学校の調査を依頼してみました。友人は快く引き受けてくれて本当に感謝ですが、今日、その報告を聞いて驚いてしまった。なんとですねー、驚くことに(我が母校の)

小学校が1年生で学級崩壊している

とのことなんです。なんでも、授業中に生徒が勝手に出歩くし、ロシア人の子が1人居て、その子がイジメの標的になっているとか。

勉強も何もあったもんじゃなくて、このままじゃ九九も出来ない子になってしまうと、心ある親たちはマジに心配しているそうなんです。

先生は何してるんだ?て話なんですが、40代男の担任先生は既に精神的病気になっていて、ほとんど学校に来ないそうです。また、臨時代行の20代女性の先生も注意はするらしいですが、男子生徒数名が全くいう事を聞かない状態だとか。

「ほんまかいな?」
って、僕じゃなくても言いたいでしょ。繰り返しますが、小学校1年生ですよ。小学校1年生なんて、先生が怒鳴れば終わり、という気もしますが、本当に不思議です。

最近の子供は、先生が手を出さないの知ってナメているからなの?それにしたって、親だっているでしょ?少なくとも今、息子たちが通っている小学校では、こんな酷い問題はないよ。田舎だから?あの小学校だけ?そのクラスだけ?こんな現象って、日本中のあちこちにあるの?

ああ~、我が母校なのに情けない。

もう数々の理解しがたい疑問が頭を駆け巡ったわけで、引き続き調査してみますね。それにしても、日本はこのままで大丈夫なんだろうか。

神様が残酷だと思った話

美味しいパン
ご近所さんから手作りのパンを頂きました。凄くモチモチして、こんなに美味しいパンを食べたことがないです。もう子供たちが、がっついて「アッ」という間に無くなってしまいました。いつも本当にありがとうございます。感謝しています。


妻の同級生から、書留で「御佛前」が届きました。こちらから、お礼の電話を入れて少々話をしたのですが、驚いたことがあったので、ここに書いてみます。

妻の短大時代の同級生は100人いるそうですが、乳癌で亡くなったのは妻で2人目だそうです。そして現在、(わかっているだけで)もう1人が同じ病気で闘病生活を送っているとのこと。

それにしても多すぎだと思いませんか?
皆まだ30代で、子供もいるんですよ。それなのに、それなのに・・・・

「神様は残酷だ」

と叫びたくなりました。しかも、妻の前に亡くなった方の旦那さんは失踪して、そのお子さんは、祖母に育てられているとのこと。つまり、その子は、お父さんもお母さんも、両親ともいない状況なんだそうです。

失踪した理由や状況はわかりません。もちろん「人間万事塞翁が馬」とか「正負の法則」と言って、その状況がその子を逆に強くたくましくするのかもしれません。しかし、それにしても神が与えた運命は残酷すぎるのではないか?

そんな話を聞いて、電話を置いた後、
人生の不条理を感じて虚しくボーっとなってしまいました。

しかし(気を取り直して)、いくら不条理と言っても、我々は神の領域に踏み込みようがありません。だったら、「人事を尽くして天命を待つ」とひたすら努力するしかないんですよね。そこに人生の素晴らしさがあるはずですから。

まあ、人生って誰にとっても大変ですが、
「また、頑張るか」と今日はそんなこと思いました。

小学生親子のショートテニス大会

昨日、地元の青少年委員会が主催する小学生親子のショートテニス大会がありました。ユータ(長男)もピースケ(次男)もテニスをやったことがなかったのですが、初心者も歓迎ということだったし、まあ、ものは試しで参加してみました。

最初1時間くらい練習を行い、すぐに親子ミックスダブルスのトーナメントの開始です。32チームもあったし、なんか本格的にやっている親子もいる感じで、まあ1回勝てればいいかなあと思っていたわけですが・・・神がかり的な運も味方して、何故か自分&ピースケのチームが快進撃。

1回戦 8-5
2回戦 7-6
3回戦 8-7
準決勝 10-7
決勝 11-6

なんと、優勝してしまいました。
やった!

ちなみに、自分&ユータのチームは3回戦で惜敗です。残念。
↓でトーナメント表を見て、満足げなピースケです。
テニス大会トーナメント

実は、亡き妻は高校時代にテニス部のキャプテンをやっていて、僕も学生時代に多少(同好会の)テニスをやったことがあったので、将来は家族でテニスをやりたいなあ~と夢がありました。

まあ、もちろん子供に強制する気は全然ないですが、でも今日をきっかけに多少興味を持ってくれたらいいなあと。

そうえいば、ピースケの小学校の同級生の女の子もいたけど、だからアイツ、はりきっていたのかな(笑)?

最後に青少年委員会の皆さん、どうも運営お疲れさまでした。
ありがとうございました。親子ともども楽しめました。

乳癌治療は「病理のセカンドオピニオン」も重要です

実姉からのお花
今日は妻の月命日。妻の実姉から、お花が届きました。妻が好きそうな花です。お供えしておきます。ありがとうございました。


今週火曜日、妻を診てくれていた「乳腺科」の先生へご挨拶に伺ってきました。妻が亡くなってから、緩和ケアの先生にはご挨拶する機会を得ていたのですが、乳腺科の先生にお会いするのは久しぶりのことです。

まずは、お悔みの言葉を頂き、妻の最期の様子などをひとしきり話しましたが、(たぶんあまり一般的には意識されていない)乳癌治療のセカンドオピニオンについても話をしましたので、一応ここでもお知らせしておきますね。

一般的にセカンドオピニオンと言うと、手術前に受けることが多いですね。手術前に「温存か全摘出か」「手術か抗癌剤か」等々の情報を、違った先生からセカンドオピニオンとして聞くのは非常に有効です。

特に、癌を初めて罹った場合、まずは手術ということが多いので、とにかくセカンドオピニオンは「手術について」という事に集約されてしまいがちです。

しかし、手術が終わった後の病理も非常に重要とのこと。
「名医の陰に名病理あり」と言うかどうかはわかりませんが、良い先生には、裏に良い病理の先生がいることが多いようです。特に乳癌の場合、病理の判定が非常に難しいので、病理の先生の判断が、その後の治療に大きく影響してしまいます。

だから、もしベストの治療を望むのなら、(今後の流れとしても)手術後の病理についてもセカンドオピニオンを求めてもいいのではないか、ということでした。実際、そういう病理のセカンドオピニオンを受け入れる動きは出てきているようです。

以上、ちょっとした情報として。

そんな話をし、最後にお礼を述べて病院を後にしました。今日も沢山の患者さんが先生の治療を待っていました。先生、お忙しいところお時間頂き、ありがとうございました。先生にはいつまでも健康でいてもらわないと。多くの患者さんが困ってしまいますね。

それにしても、妻が生きているときは毎日の風景でしたが、改めて癌で苦しんでいる人の多いことを実感し、早くこの病気が世の中から無くなって欲しい。僕も少しでも協力していかないと、今日はそんなこと思いました。

恵方巻きの日、偉いぞユータ!

恵方巻き
ご近所さんから恵方巻きを頂きました。本当にいつもありがとうございます。感謝です。


今日は、全く親バカな話をしますね。

学校が終わり、長男ユータ(11歳)の友達が自宅に来ました。その友達はユータと仲が良くて、ちょくちょく我が家に遊びにくるのですが、その友人が、

「ユータの家、たまに線香くさいよね」

と言ったのです。まあ子供だから正直に言うモンですよ、全く。で、長男ユータがどんな反応するのかなーと思ったら、

「お母さんが死んだから、俺、毎日線香あげてるんだ」

と正々堂々と言ったのです。まだまだ子供と思っていたけど、お母さんが亡くなったことを全然恥じないで、自分の人生の中でしっかりと受け止めている。その言葉を聞き、僕はなんかとても嬉しかったですねー。偉いぞユータ、よく言った!、ちょっと泣けましたよ。

で、話は変わって、今日は2月3日。恵方巻きの日ですね。
ユータが、頂いた恵方巻きを、まずはお母さんにお供え。その後、家族3人で食することにしたのですが、僕が子供たちに「食べる時、何かお願い事すると叶うぞ」と言うと、ユータ(長男)は、

「お母さんが生き返って、また家族で仲良く暮らせますように」
って言ってるんですね。こんな言葉を聞くとまだまだ子供なわけですが、それにしても切ないお願いするもんですよ。それを見ていたピースケ(次男)も同じこと言い出だしてしまって・・・・

今日は、ずっとユータ(長男)に泣かされた日でした。

もうすぐ確定申告の季節ですね

普通に会社に勤めている場合は関係ありませんが、我が家のように医療費を沢山払っている場合や、自営の場合は、また面倒な季節がやってきましたね(笑)。

そう、確定申告の季節です。

まあ、僕の個人事業の申告もそれなりに大変なのですが、今年は医療費控除の申告も特に大変です。
だって、見てくださいな。↓こんなに医療費の領収書があるのです。

領収書の山

この医療費の領収書からデータを抜き出し、医療費支払いリストを作成するのです。もう、これ見ただけで、すでに頭が痛いのですが(苦笑)、今、一応ざっくり数えただけで400枚程度の領収書がありました。

っん?400枚も・・・?!

「何で400枚もあるのか?」と一瞬思ったので、さらにもう少し仕訳してみると、駐車場の領収書が約150枚、診察の領収書が同じく約150枚、他の領収書が100枚(ドラッグストア等で購入した薬とか)、だいたいそんな感じになりました。ということはですよ、

昨年は約150日も病院に通ったことになります。

思い起こせば、妻の場合、「外科」・「化学療法」・「緩和ケア」・「漢方」の主な4先生に加えて、適宜、「放射線科」・「脳神経外科」「歯科」「眼科「耳鼻咽頭科」の各先生にも診て貰っていました(癌になると色んなところが悪くなるのです)。

そう考えると、そのくらいの領収書が溜まっても当然なのですが、それにしても改めて「よく通ったなあ」と感慨深いものがありました。

しかも病院に通うのだって、車で往復2時間半、治療も待ち時間を含めれば、これまた2時間半。

合計5時間程度で、それが150日です。「お互い頑張ったなあ」「お疲れさま」と、昨年の激闘を思い出し妻の労をねぎらいました。

う~ん、それにしても、この領収書を1枚1枚見て、データを抜き出しエクセル表を作るのは少々面倒だ(苦笑)。昨年までは全部妻がやっていたのですが、試しに僕が2,3枚試したところ、1枚30秒程度の時間がかかりました。慣れれば、1枚15秒くらいか。

400枚だったら、3時間~4時間程度かな。僕は仕事も家事も忙しいので、報酬1万円くらいで誰かに頼もうかな。いいバイトになると思うし。会社(時代の)の後輩か、もしくは誰か挙手ありませんか?東京在住の方なら、まじにお願いしたいと思っておりますよ。

まあ、もう少し日があるので、この作業は明日以降考えることにして、
今日のところは、これまでです。

ではでは、お休みなさい。

●追伸
あっ、そうそう、このお話には前置きがあるので、
こちらの前置き
もクリックしてお読みください。

プロフィール

ジョン

Author:ジョン
1968年生まれ、男性。
1996年に結婚。
1998年長男ユータ誕生。
2002年次男ピースケ誕生。
2005年妻が乳癌発症。
2005~2009年、闘病生活。
2009年妻が38歳で他界。

東京で男3人暮らしが始まる。

大学卒業後、日本有数の大企業に就職するも、ちょっと自分の人生観と違った(?)ので2000年に退社。その後、ベンチャーや転職を繰り返す。

2008年にフリーで稼げるようになって何とか独立。後は苦労をともにした妻と人生を謳歌したい・・・・そんな夢も実現できると思っていたのに、病気だけは何ともなりませんでした。無念です。

最後の1年間は僕もフリーで時間があったし、家族一緒に色々と旅行しましたよ。幸せのひとときでした。写真は最後の沖縄旅行で妻が撮影したもの。この旅行も家族のいい思い出になりました。

さて、これからどう生きるのか?家事は?育児は?仕事は?一応、このブログに綴ってみます。どうなることやら。

では、では、いってみましょうか。

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