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ドラッグ・ラグと混合診療の問題について

先日、3月19日に小倉恒子さんが亡くなったことを知りました。彼女は、妻と同じ34歳で乳癌に罹り、何回も再発を繰り返しながらも、仕事とダンスを続け前向きに生きてきた方です。

妻はTVや本を通して彼女の存在を知り、また妻とは乳癌のタイプが同じトリプルネガティブ(乳癌の中では非常に悪性度の高い癌)だったこともあり、ずっとずっと勇気をもらい続け励まされていたんです。

さらに言えば、彼女は日本の医療の「ドラッグ・ラグ」の問題についても大いに言及し、僕もそれに共感していました。

「ドラッグ・ラグ」と言うのは、世界では標準的に使える抗癌剤が日本では使えないという問題です。その理由は、厚生労働省の天下り先を優遇するために世界の薬を日本で承認しないから、とも言われているが僕は真偽のほどを知らない。

ただ、事実としては「ドラッグ・ラグ」の問題のために、まだまだ延命できるであろう末期癌の多くの患者が無念のうちに亡くなっている。

しかもだ。日本は混合診療が解禁されていない。混合診療が禁止ということは、仮に個人で海外の抗癌剤を輸入して使ったとしても、その瞬間から健康保険の適用外となり、過去にさかのぼって医療費を全額自己負担として請求されてしまうのだ。

これは実質、普通の市民は「海外の抗癌剤をあきらめろ」と言っているのに等しい。

厚生労働省いわく「混合診療を解禁すれば、貧しい人は海外の抗癌剤を受けることができないので不平等」とか言っているらしい。いかにも日本らしいが、そんなことに平等を求めてもいいのだろうか?仮にお金があるなら、生きる可能性のある抗癌剤を求めてもいいのではないだろうか?いや、そこに不平等の論理を言うなら、早急に「ドラッグ・ラグ」を無くすべきではないだろうか。

全くもって、これは日本の恥だと思う。

これを変更するためには、マスコミと政治の力が必要だし、そのためには市民の声が大事だと思う。こうやって情報を発信し、少しでも何かの話題に出してもらえればと思う。

小倉恒子さんは、そんな情報発信を身を呈してやっていた方でした。本当に本当にお疲れ様と言いたいし、心からご冥福をお祈り申し上げます。
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ロンドンでのホームステイが決まった

以前、ロンドンでのホームステイの話があると言いましたが、今日正式に決まりました。

しかし、正式と言っても、ドバイの友人からロンドンのホームステイ先のメールアドレスを教えてもらい、メールを3回ほどやり取りして期間と金額について合意し、楽天で海外航空券を買っただけ。

まさに「あっ」と言う間に決まった感じなのですが、冷静に考えると、こんな40歳にもなって仕事も子育てもさぽって、それなりのお金も使うわけだから、

こんなあっさり決めてよかったんだっけ?

と、今、不安になってます(笑)。まあ、これがインターネット時代の決め方であり、スピードなんだろうってことで、とりあえず「よし」としておきましょう。

こんなところで日和っても仕方ないですもんね。

とエラソーな事を言っても、ホームステイの期間は6月3日~11日の、たった1週間(苦笑)。たった1週間で英語が上達するなんてことは期待できないのですが、とりあえず自己満足に行ってきます(笑)。

感じがよかったら次回はもっと長く、そして将来は息子たちもホームステイさせたいな~なんて漠然と考えてます。

さてさて、どうなることやら?

とりあえず明日から英語の勉強でもしてみますね。

テーマ : 海外旅行
ジャンル : 旅行

天国からのメッセージ2

今日は、ある筋(別に怪しい人じゃないからね)から霊能者の先生をご紹介頂き、(その先生を通して)天国の妻からメッセージを聞いてきました。

もちろん、そんなメッセージを聞くにあたっては「霊の世界は本当か?」という根本的問題もあるのでしょうが、とりあえずそんな事は置いておきます。だって結論が出ないから。

とは言いつつも、今日その(霊能者の)先生とお話して、「いかにも妻が言いそうだなあ」と僕が思ってしまうようなメッセージが沢山聞けたのも事実だから、やっぱ(天国から)妻が言ってんだろうなあ。きっと。

ちなみに、例えば↓こんなメッセージがあった。

「子供たちの歯医者さん、定期健診行ってね」
「学校の通学路、信号の横断歩道だけは気をつけて」

「学校に忘れモノしないように、寝る前チェック」
「ノートが終わる前、早めに新しいの買うこと」

「食べてる食事、なんだか3人バラバラだよ」
「栄養大丈夫?」

「私に牛乳のお供えいらないから」
「熱いお茶をたまに飲みたいし、あとリンゴも欲しい」

「(実は)先日の授業参観、一緒に行ってみてたんだよ」
「(男3人で)寝てる時、布団ぐちゃぐちゃ」

等々。妻が言いそうなことばかりである(苦笑)。
でね、おまけに、

「今年、家族3人で海に行くのが見えるよ」
「その時、私も一緒に行くからね」

とも言っているらしい。そりゃ確かに、僕も子供達を海に連れて行こうとは思っていたけどね。思えば去年の夏、最後に家族で「沖縄旅行」に出かけたのだが、妻は、その旅行についても

「(癌が進行して)実は体もきつかったけど、海が凄く良かった」
「沖縄旅行は、最後の思い出の1ページになりました」
「ありがとう、感謝してます」

と言及しているらしい。きっとまた今年も家族一緒に海を見たいのだろう。

(先生が言うには、)妻は基本的には家族のそばに居るけど、あちこち忙しく飛び回り、親・兄弟・友達、色々見守りながら、生前と同じような感覚で、あっちの世界でも暮らしているらしい。

で、さらに聞いてみると・・・・・

そりゃ、夫と子供を残していくのだから多少の未練はあるが、(あっちの世界で)今も同じように暮らせるし、「自分が死んだ」という事実に対しては、自分が通らなければならない道だったと完全に気持ちを消化できている、いわゆる「成仏」という状態にあって、それはそれで幸せらしいのだ。

で、最後に(手前味噌含めて)
「家族に(とりわけ主人に)感謝している」
「私は本当に幸せでした」「ありがとう」

と言っているらしい。そんなメッセージを聞いていたら、苦笑いもあるけど、やっぱり泣けてしまったなあ。いくら「幸せ」と言っても、僕にとっては彼女が亡くなる2週間前に「死にたくない」と言って涙が頬を伝った姿が走馬灯のように浮かんできて、無念の気持ちもあるんじゃないかと想像してしまうしね。そんな気持ちは、ふっきれたのだろうか?

・・・・・でも、まあ幸せと言うなら、
それはそれで良かったと言うべきなのだろうか。
でも、やっぱ涙が出てくるし、寂しいけどね。

これからも、僕自身、色々と(哲学的にも)考えるこも多いのだろう。
そのへんの課題は後日にするとして、とりあえずそんな感じで今日は筆を置きますね。
ありがとうございました。


●追伸
上記のメッセージ、僕から子供たちにも伝えてみました。「え~っ、お母さん、そんな事言ってんの?」って反応(苦笑)でしたが、ちょっと嬉しそうな感じでもありましたよ。

凄いママが身近にいたもんだと感心した話

この3連休は、子供2人を連れて妻の実家に帰っていました。

昨日は妻の学生時代の友人2人が実家にお参りに来てくれ、妻を偲んで思い出話などしたのですが、ちょっと感心したというか、呆れるというか、笑っちゃう話がありました。

(妻の友人の)彼女ら2人と僕は、最近は全くご無沙汰していましたが、昔は(妻と一緒に)遊んだり、テニスなどした仲でした。だから、久しぶりに会っても、すぐに慣れて話も弾むわけですが、ここ最近10年くらいの動向は全く知らない。三者三様の人生を歩んでいたんです。

で、まあ、とりあえず話の流れで、最近僕がシンガポールとドバイに行ったことや、その理由として「そのうちを止めた」って人生観を話していたんですね。

そしたら、友人の一人I子さんが、
「その気持ち、凄くわかる~」と同調してきて、
「実は、私も同じようなことやったんだよ」てな話になったわけです。

詳しく聞いてみると、I子さんは昔から海外のホームステイがしたくて、何と二人目のお子さんが産まれた産休を利用してアメリカにホームステイして来た、と言うのです。聞いていた残り2人は唖然として

「ええ~??」

でしたよ(笑)。だって、意味わかんないでしょ?「産休を利用してホームステイ?」「子供はどうしたんだ?」「旦那はどうしたんだ?」と、もうツッコミたい事が山のようにあるわけですが、一つずつ訊いてみると以下のような概要でした。

I子さんは、長女が5歳の時に二女を出産。
1年間の産休に入る。

半年後、「こんな長期の休みは二度とない」と考え、
幼子二人を連れてアメリカ西海岸でホームステイをすることを決心。

両親、親戚、旦那?の猛反対(そりゃ、そうだろ、笑)を押しのけ、
幼子二人を連れてホームステイに渡米。

現地(アメリカ西海岸)の託児所に幼子二人を預け、語学学校に通う。
一方、旦那は日本に残り会社勤め。

2ヵ月間のホームステイを終え、無事帰国。
I子さんは人生で「ホームステイした」という満足感を達成。
両親、親戚、旦那も一安心。

産休が終了し、会社にも復帰。
(社会的には)何事も無かったように日常に戻る。

と、まあ、そんな経緯です。

現地(アメリカ西海岸)には、I子さんの友人が居て、そこに「ご厄介」になっていたそうですが、それにしても驚きませんか?旦那も偉大だったと言うか、彼女の行動力が抜群だったと言うべきか、「無茶苦茶やんけ~」と言うべきか、賛否両論あるんでしょうね。

僕としては、「いやー、負けられないなー」「やろうと思えば、何だって出来るんだよ」って刺激をうけて感心してしまったわけです(でも、あまりに狂ってるので、半分呆れるというか笑っちゃいましたけどね)。

実は、今、僕にもホームステイの話があります。ドバイに行った時、ドバイの友人からイギリスでホームステイをやっている親日家のおじさんを紹介してもらったんですね。そのおじさんの所にホームステイに行ってみようかな~と考えていたところで、この刺激を受けて「やっぱ、行ってみよう」て気になっているところです。

以上、昨日はそんな面白い話がありました。もう一人の友人も刺激を受けていた?みたいですよ。妻へのお参りもあわせて、どうもありがとうございました。

妻を偲ぶ会を開いて頂きました

昨日は、亡き妻の友人達が「偲ぶ会」を開いてくれて、僕も参加してきました。妻が亡くなり早3ヵ月ですが、こうやって会を開いてもらえることは本当に嬉しく、感謝にたえません。

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↑こんな感じで準備、シャンパンもつがれてスタート。

いや、実のところ「セレブなマダム」(←嫌味じゃなくて本心から)のランチに招かれ、最初「男1人で大丈夫だろうか?」「どんな話するんじゃい?」とビビっていたわけですが、皆面白くていい人ばかり。

楽しい話、ししんみりする話、いっぱい話すことができて素敵な時間を過ごすことができました。ありがとうございました。

僕も妻が亡くなり「どうやって生きようか?」と日々迷う事も多いわけですが、そういうことを話すと「○○ちゃん(←妻の名前)だったら、こう言っているよ」「だから大丈夫」って友人達が妻になり変わって叱咤激励?もしてくれてね、以前「そのうちを止めた」って話をしたんですが、なんだかますます「そのうちを止める」ことに拍車がかかりそうです(詳しいことは、また後ほど)。

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ま、そんなこんなで会も終わり、帰り際には(妻にそえる)↑お花と、妻が好きだったアーティストのDVD、(これが実は凄く嬉しかったりする)夕飯を持たせてもらいました。

ありがとうございました。

3月14日~3月15日、帰国

3月13日の現地23:50にドバイを発って、3月14日の現地11:05にシンガポール到着。そこから11時間のトランジット(長い~!)で成田でした。11時間もあったので、空港では市内観光を奨められましたが、先週十分に観光したので空港で過ごすことに。

空港で11時間も過ごすのは退屈かと思うでしょうが、意外と快適でしたよ。例えば・・・・・・・・・

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↑こんな仮眠ベッドが無料であったし、

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↑インターネットも無料で使い放題だし、

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↑シャワー(600円)にも入って、さっぱりできたし。

11時間もあって「暇かな~」と心配したんだけど、(仕事で)溜まったメールや原稿書いて、飽きたらDutyFree覗いて、あっと言う間に時間が過ぎてしまった(時間って、こんなもんか)。

で、ついに、この旅行も終わり。成田に向け出発。

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↑飛行機では、(頼まないと出てこないが)頼むと無料で出てくる「シンガポール・スリング」(カクテル)を注文。これもシンガポールの友人から聞いて知ったのだが、このカクテルを飲んだ後は、旅の疲れから熟睡。

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翌日(15日)7:30に成田到着。

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↑成田エクスプレスで都内に。

旅の終了、やっぱり「日本はホッとする」。
ありがとう。

今回の旅行では色々な事を学べたけど、最後にやっぱり「人生は他動的に動く」とも感じた。自分が思っている人生を、自分の思い通りに動くのはすごく難しい。周りの人の力や理解があってこそ、自分がそこに在る。
そんな事を思い、皆に感謝して、この旅行記も終わりにします。

ありがとうございました。

では、では。
次回は日常生活でお会いしましょう。

END:「シンガポール&ドバイ旅行記録」

3月13日、ドバイ5日目

今日で旅行も最終日。寂しいような、ほっとするような。何故か涙も出そうになる。まー色々と考えることも多いしね。

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友人宅からマリーナを撮影。

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友人宅からエミレーツゴルフ場を撮影。ここで欧州PGAツアーも行われ、タイガーウッズもプレイした。ちょっと遠いけど、白いテントみたいなのがクラブハウス。

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スキー・ドバイ。世界最大の室内スキー場。無ければ本当に何でも造っちゃうんだね~、この感覚、やっと慣れてきました(笑)。ちなみに、全長400mあるのだが冷やすだけで2週間かかったらしい。

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空港を後にして、トランジットでシンガポールに。
ついに帰国の途に着きました。

で、最後なので、ドバイの考察を少し。

結論から言うと、ドバイが世界有数のリゾートだと納得できました。街は綺麗、治安もいい、ホテルは奇抜で面白い、ビーチもある、砂漠もある、何でもあるんですね。近年、欧州の人達がこぞってバケーションに来るのも納得です。

たぶん日本に居ると、中東→テロ→危険という図式が出来上がってしまうのですが、それは例えば日本に置き換えて考えてみると、極東アジア→○朝鮮→危険という図式と同じだと思うんですね。

まず、そういう固定観念が僕にもあったわけですが、それが違ったと。じゃあ次に、なんでドバイは治安がいいのか?という話なんですが、それは悲しいけど「豊だから」というのが一番大きい気がします。

基本的に、ドバイの現地人には税金がありません。いや、それどころか医療費も、教育費も、住宅も、色んなことが無料なんです。そんな状況で罪を犯して、それらを棒に振ることができますか?・・・
出来ないですよね。たぶん。だから現地人は犯罪を犯さない。

で、次に外国人なんですが、ドバイは観光以外でドバイに入国する人には仕事をすることを義務付けています。「ただ住む」という状況を認めません。会社をクビになったら、すぐに強制的に国外追放してしまいます。日本のように、仕事を探しているとか、仕事に困っている外国人がゼロなのです。

だから外国人は、基本的には仕事がある。仕事がある状況で、仕事を棒に振ってまで犯罪をする人いますか?ま、もちろん多少はいるでしょうが、ぐっと確率は低くなるはずです。

この二つのドライな政策が、結果として治安の良さをもたらしているようです。

あと付け加えると、ドバイのブタ箱は本当にキツイらしいですよ(笑)。どんな拷問があるのか知りませんが。そのあたりも、犯罪の抑止につながっているようですね。

そうそう、あと気がついたのは、例えば港湾でも街でも、どこでも若いカップルがイチャイチャしていません。こういう男女間のケジメは、やっぱりイスラムの国なんでしょうけど、これも治安の良さに多少貢献しているのかも。

以上、そんな感じです。
では、とりあえずシンガポールに戻りますね。

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3月12日、ドバイ4日目

昨日から今日にかけて、僕は身分不相応なホテルに泊まっている。

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それが↑のホテル「アトランティス」だ。はっきり言って高い。ドバイに来る時、このホテルに泊まるか凄く迷ったのが、たぶん一生に一回だし、将来は軽井沢でホテル経営をやってみたい野望も(実は)あるので、勉強のための先行投資と思って「エイヤーッ」って一泊してみた(と、まあ半分は自分に言い訳だが)。

でも泊まってみて実際面白いこともあったので、ちょっと書いてみる。

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エントランスは、↑こんな感じでゴージャス。

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↑水族館がホテルの中にある。この水族館がホテルのスイートにつながっていて、居ながらにして水族館を楽しめる。もちろん僕の部屋を含めて一般客室は水族館を楽しめるわけでないが、そんな面白くてバカ高い部屋もあるらしい。ちなみに、最高級のスイートは1泊240万円である。一体誰が泊まるのだろうか?と思うが、泊まる人は泊まっていくらしい。

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↑は、このホテルに付随するウォーター・ワールド。プールとウォータースライダーがあちこちに張り巡らされていて、とにかく規模がでかい。先端が霞んでしまうほど。東京ドーム3個分くらいあると思う。

あっ、そうそう、ここで面白い話があるので、ちょっとしたクイズを出します。

問題:
↑のような水族館とウォータースライダーがあります。さて、次のアトラクションを造るとしたら何をしますか?

金をメチャメチャ持っている経営者になったつもりで考えてみてくださいね。

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クイズの答えにいく前に、↑ここの名物「the fall」という滑り台を紹介。これねえ、ほとんど直角なんですけど。僕もやってみたが思わず絶叫だった(苦笑)。

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さて、ここでクイズの答えです。↑をよーく見てください。水槽の中に、人間と魚がいるでしょ。

なんと、ここのウォータースライダーは、驚くことに水族館に突入してしまっているのです。もちろん突入と言っても、水族館をトンネルでくり抜いてあって、魚と一緒になることはないのですが、透明なトンネルの上下左右、全部魚に囲まれプカプカと浮輪に乗って人が流れていくのです。さらに、その周りから観客がみている。そんな感じになってます。

「よーやるなあ」と、これまた「金のかけかたの違い」を見せつけられて笑ってしまいました。


で、そんなホテルを後にして、今日は友人とドバイの(まじめな)お勉強。ドバイは土日が休みじゃなくて金土が休み。だから今日はお休みで、つきあってもらいました。ありがとうございました。

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ドバイは元々は砂漠なので、どうしても水の問題がつきまとう。
砂漠のオアシスから湧き出る貴重な湧水「masafi」↑が主な飲料水で、ガソリンスタンドやスーパーで売られている。友人宅にも4ガロンの大きな「masafi」ペットボトルが大量に貯蔵されていた。

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次に生活・農業用水であるが、↑のドバイの水工場で海水から淡水を作っている。この水を水道から出していて、飲めないのだがゴルフ場なんかの散水には使える。この工場が出来てから、ゴルフ場がどんどん作られるようになった。

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↑は、ドバイの金融中心街。こちらでは金曜日は休日なので閑散としていた。本当はイスラムの世界では、木曜日と金曜日が休みなのだが、それだと欧米とビジネスにならないという理由で、ドバイでは妥協して金曜と土曜を休日としている。

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↑は、首長のオフィスビル。首長って、わかりやすく言えば「王様」ね。「王様」は、当然だが選挙で選ばれるものじゃなくて、代々受け継がれるもの。アラブの国々に選挙はない。アメリカが無理やりクウェートに選挙制度を作ってしまったが、大混乱になっているらしい。詳しいことは長くなりすぎるので割愛。

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夜は、地元のダウンタウン「ゴールドスーク」↑へ。友人夫婦、娘さん(6歳)、僕で夜中の11時ごろに散歩したが、一般的にダウンタウンの夜中と言うと物騒なものだが、全くそんな気配は無かった。やっぱドバイは、治安が凄くいい。


その後、今日は友人宅に泊めてもらい、友人から帝国書院の地図帳を広げて中東情勢についての熱い講義を受ける。ここでは詳しく書けないのですが、やっぱり現地の政府筋で働いている人は全然情報量が違う。当たり前か。非常に勉強になりました。感謝です。ありがとう。

では、お休みなさい。
明日、ドバイを発ちます。

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3月11日、ドバイ3日目

ドバイ在住の友人夫婦は現在ゴルフにはまっている。ってか、友人夫婦に限らずドバイ在住の日本(韓国、台湾等々)駐在員家族は、ゴルフをやっている人が多い。

何故なら、会社によってはプレーフィーは無料だし、車で20分の範囲に5~6か所もゴルフ場があるからだ。つまり(東京では考えられないが)、ここではゴルフが身近なスポーツということ。でも、本当は砂漠なんだけどね。

とりあえずドバイでゴルフも一興ということで、今日は急遽、僕も一緒にゴルフをすることになった。

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コースは、↑こんな感じ。たまに砂漠っぽさも感じるが凄く綺麗。早朝の9ホールプレイだったが、凄く楽しむことが出来た。手配してくれた友人に感謝。

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ゴルフの後は、ドバイで一番有名な「バージュ・アル・アラブ」ホテルの見学。ビルの先端が東京タワーと同じくらいの高さで、これも驚くのだが・・・・・・

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中に入って、さらに驚く。12本の24金の柱と噴水、100mの吹き抜けがある。もはや呆れたと言うべきか。金さえあれば、ここまでやってもいいのだろうか。

で、そんなホテルを後にして、さらに笑っちゃうのがドバイの国家プロジェクト「パーム・ジュメイラ」。このプロジェクトは、半径5kmのヤシの木を海上に造り、そのヤシの木の葉っぱに人間を住まわせるという計画なのですが、例えば日本で言えば「千代田区」や「渋谷区」を海上に丸ごと造るような感じで、お台場の比ではありません。

↓が「パーム・ジュメイラ」のプロモーションビデオなので、その雰囲気を味わってみてください。


こういう島を全部で4つ造ろうとしたのですが、さすがに全部造りきれなくてバブルが崩壊しました。
ちなみに、今日は、この島「パーム・ジュメイラ」のホテルに移動して泊まってみます。

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3月10日、ドバイ2日目

昨日「怪しいメールが来た」という話をしたが、今日ギリシャからドバイに入ったという人に聞いたら、ギリシャでもそういうメールが入るそうな。僕が無知なだけだったのかもしれない。

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さて、今日はホテル近くのビーチを散歩。向こう岸の巨大な建物は全て人工島で「パーム・ジュメイラ」と言う。空から見ると、全長70kmもある「ヤシの木」を模しているのだが、ここからでは、でか過ぎてよくわからない。

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綺麗な一風景。後で書くと思うけど、日本のイメージと違ってドバイって治安が凄くいい。女の子1人でも(少なくとも昼間は)全然散歩できる。

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「ワフィー・モール」に移動して昼食。友人が「絶対に飲め」と言った、かつて古代エジプトの王様も愛したモロヘイヤのスープ。最高に美味かった!ありがとう。

午後は、いよいよ砂漠に向けて出発。こちらでは「デザートサファリ」と言って、多くの会社がツアーをやっているので、そこに参加してみた。

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途中、車内から世界一の高層ビル「ブルジュ・ハリファ」828mを撮影。遠くに霞んで見えるノッポなビルが「ブルジュ・ハリファ」だが、同じく周りの霞んだビルが日本で言う高層ビル。「ブルジュ・ハリファ」の桁違いの高さが実感できる。

ドバイショックと言うが、手前のビル群を見る限り、まだまだビル建設は活発のようだ。

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30分も走ると、もう砂漠。

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タイヤの空気を抜いて、

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砂漠を爆走。面白い!

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爆走の後は、皆で散歩。

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日本男児として、砂漠に一筆。

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最後は、砂漠に沈む夕日を見ながらバーベキューで食事。

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日が沈むと辺りは真っ暗、キャンプの火だけが見える。昔は、こんな所をラクダで移動してたのかな~。さぞ心細かっただろうと想像する。アラブ人にとって、「火」はもてなしのシンボルという意味がわかる。

で、(僕らはラクダでなくて)車でホテルに帰る。
お休みなさい。

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3月9日、ドバイ1日目

深夜4:00にドバイ到着。タクシーでホテルに向かう。タクシー料金を払うとお釣りが来ないので、「change please」と言ってみた。しぶしぶと、やっと運ちゃんはお釣りをくれたのだが、ここで「あっ!」と気づく。

ここはチップが必要な国だった。このことを(現地在住の)友人に話すと、「チップの文化もあるが、自分からチップ取るのはおかしいから問題ない」とのこと。まーそんなもんかとも思ったが、運ちゃんに申し訳なかったと少々反省。

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ドバイに入り、(日本からもってきた)携帯に怪しい「etisalat」というメールが入っているのに気がついた。「何だこれは?テロか?」と凄く不気味になったのだが、怖々開いてみると「Welcom to the UAE」とある。

(現地在住の)友人に聞いてみると、何でもドバイ(UAE)に入ってくる旅行者全ての携帯メールに、現地の通信会社(etisalat)がメールを送っているのだそうだ。

「全く人騒がせな」と思ったが、結局(頼みもしない)メールは4通も来て、旅行の相談はここ、ショッピングはここ、緊急はここ、最後に「Enjoy your stay」とあって、余りの世話焼きに可笑しくなった。こんなの日本じゃ考えられないよね。

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少々落ち着いたところで、世界一の高層ビル「ブルジュ・ハリファ」を見学。このビルは828mある。ちなみに2位の台北のビルが509mだから、もう桁違いに高いのだが・・・・写真がイマイチだった。後で撮り直そう。

さらに非常に残念なのは、このビルのエレベーターが現在故障中だったこと。このビルの展望台を凄く楽しみにしていた僕としては、凄く悲しい。

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次は、観光スポットのマディナ・ジュメイラに移動。ここは複数のホテルやショッピングモール、スパ、レストラン等々からなる複合施設なのだが、凄いのは、この敷地に張り巡らされた全長3.5kmにもなる人工水路(長すぎじゃない?)。

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観光客は、この水路の渡し船を利用して食事やショッピング、景色を楽しむのだが、何とも言えず優雅で楽しい。ちなみに、この渡し船は現地ではアブラと呼ばれ、(ドバイの隣村)では1回30円くらいで実生活に利用されている。

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渡し船から、ホテルの一室を撮影。

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渡し船から、有名な「バージュ・アル・アラブ」を撮影。

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渡し船から、手前のビーチを撮影。

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そんなこんなでホテルに戻る。今日泊まるホテルは、こちらでは最高級の部類ではないのだが、備品が皆「ブルガリ」。部屋の広さといい、僕にとっては十分に最高級だったが。

明日は、生まれて初めて「砂漠」に行ってみます。楽しみ。

3月8日、シンガポール3日目

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「グッドウッド・パーク・ホテル」のプールサイドでくつろぎ、12時にチェックアウト。今日は23時のフライトでドバイへ向かうのだが、それまでにたっぷりと時間もあるので、とりあえずホテルに荷物を預け外出。

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まずは誰もが認める最高級の「ラッフルズ・ホテル」を見学。学生時代シンガポールに来た時は安宿に泊まっていたので、社会人になったら「次はラッフルズ」と誓っていたが、あまりの高額に今回も日和って(ひよって)しまった。仕事を成功させて「次こそ」と再び誓う。ちなみに、マイケル・ジャクソンがシンガポールに来た時は、ここの最高級スイートに宿泊した。

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このホテルは一歩入ると、20世紀初頭のクラシカルな雰囲気が漂う。こういうのを俗に「趣味がいい」と言うのだろうか。まあ、それは僕も同意できるのだが、明日からのドバイは、そんな「趣味がいい世界」とは真逆の「金ぴかの世界」(妄想かな?)なのかな。それはそれで楽しみ。

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まだまだ時間があったので、「グッドウッド・パーク・ホテル」のカフェに入る。↑のドリアンをペーストしたシュークリーム(う~ん、これは微妙な味だ)を食べながら、3日間で感じたシンガポールについて、以下書いてみる。

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まず、シンガポールは世界の中でも有数の「いい国」だと思う。きれいだし、緑はあるし、安全だし、ホスピタリティもいいし、街もどんどん時代にあわせて再開発している。(↑の写真は、シンガポール二つ目のカジノ)

だが、そういう「いい国」と感じる半面、政府から「幸せとは、こうあるべきだ」という押しつけの価値観を感じてしまう。

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例えば、↑は街中のメインロードだが、全く渋滞していない。政府が車の所有や街中への乗り入れを厳しく規制しているのが理由だが、そこには「車は所有するよりも、スムースに移動できることが幸せなんだ」という政府の哲学を感じる。

また、例えば、シンガポールの気候は日本の夏と同じなのに、夜の屋台でも全然「虫」が寄ってこなかったし、「蚊」もいなかった。不思議に思ったので聞いてみると、政府が「蚊」の駆除に躍起になっていて、(蚊が出そうな)水たまりや草むらには必ず白い「防虫剤」を、バーと撒くらしい。

結果、シンガポールは虫が少ないのだが、そんなことやったら人体への影響もあるし、農業も出来なくなってしまう。しかし、そんなことは関係ないのだろう。ここでも「クリーンこそ幸せ」という政府の強力な哲学を感じる。

最後それに付け加えると、シンガポールは緑が割と多いのだが、この緑も曲者で例えば私有地にある木だって自由には切れない。「緑は政府がコントロールする」という明確な意思があるからだ。

以上、そんな感じの「押しつけ」も感じた次第です。

もちろん総合的に言えば、シンガポールは「いい国」だと思うし、友人も、タクシーの運ちゃんも、カフェの隣人も、皆「いい国」と言っていた。「押しつけ」であっても、それが大衆と一致すれば、それでいいのだとは思う。

ちなみに、そんな国を作ったのが有名な「リー・クアンユー」元首相。現在は、その息子の「リー・シェンロン 」が首相になってます。ま、はっきり言えば、(いい意味での)独裁国家なんですが、日本のようにあまりにもリーダーシップが無い国にいると、こういう独裁もありかなとは思ってしまう。

以上、そんな感じで。
では今からドバイに。

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3月7日、シンガポール2日目

1年前の3月7日は、妻と妻の姉と一緒に3人で沖縄旅行してたな~と、ふっと思い出し感慨にふけた。さて、今日はシンガポール2日目。友人宅で気持ち良い朝を迎え、朝食を頂き出かけた。

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まずは、シンガポールリバーのクルージング。
水をマレーシアから購入しているシンガポールにとって、この唯一の川は非常に貴重。近年、マレーシアから水の値段が上がりつつあり、シンガポールは川を堰き止め、水の自給率を上げようとしているらしい。

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船内は、こんな感じ。

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マーライオンの近くもまわってくれる。

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クルージングの後は、フラトン・シンガポールで「飲茶」。
ここの「飲茶」は、シンガポールでも超人気で3ヵ月待ちのこともあるらしい。みんなで、その美味を堪能。予約してくれた友人に感謝。

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最後は、シンガポール初のセントーサ島のカジノ。
噂には聞いていたが、中国人のギャンブル好きを目の当たりにした感じだ。ボサボサ頭の(オシャレに程遠い、チャイナ系の)おばちゃんが、大興奮してチップをはっているのには笑える。それだけでも一見の価値があった。たぶんラスベガスとは雰囲気が違うのだろう。それにしても人が多すぎる。ポーカーもブラックジャックもルーレットも、三重にも人が囲んでいて待つ気になれない。今回は、見学だけで帰ってくることにした。

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今日は、友人宅でなくて、こちらのホテルに宿泊。
友人家族には、まるまる2日間もつきあってもらった。友人は当然だが、明日から仕事。疲れさせてしまったかなあ。感謝、感謝、ありがとう。

Good Night!



3月6日、シンガポール1日目

深夜1:30にチャンギ空港到着。
友人が仕事帰りに迎えに来てくれて、タクシーで友人宅に直行。再会を祝して、まずはビール一杯。気がつけば、もう朝の4:00、ってことは日本では5:00。眠くなり寝た。

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午前中は友人宅の近所を散歩。もう30度近い。暑い。

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昼から、(友人が設計、施工中の)地下鉄の工事現場視察。
シンガポールでは現在も、あちこちで地下鉄を工事中。新しい入札には、韓国や台湾の企業も進出してきいて、日本の会社も苦戦しているらしい。がんばれ日本!

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夕方には、シンガポール名物ホーカーズ(屋台)に移動。

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しまった、食いかけの写真になってしまった。

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対岸には、これまたシンガポール名物のマーライオン。

夜には、ナイトサファリという夜の動物園へ(あっ、写真忘れた)。「夜の動物を見せる」というのは、なかなか面白い発想で、実際に楽しめた。友人の子供達は大興奮。

22:00帰宅。
結局、この日も朝3:00まで友人夫婦と飲み語る。

友人夫婦は、日本に戻るよりは、ずっとシンガポールに住みたいらしい。

確かにね、なんか見てても優雅で自由な感じの暮らしだもんね。例えば、友人は今度の木曜日に仕事が終わったらナイターゴルフの予定があるらしいのだが、「ナイターゴルフって何?」って感じでしょ(笑)。日本じゃ仕事帰りにゴルフなんて考えられないからね。

ま、自由な半面、日本より仕事の責任は重いし、大変な面も相当あるらしい。こっちで仕事とれなかったり、うまくいかなかったら日本に帰らざるを得なくなっちゃうらしいから、とりあえず次回入札がんばって、と。

1日目終了。土曜日ずっとつきあってくれた友人夫婦に感謝。

7年ぶりの成田空港

前回お話したように、僕はシンガポールとドバイに旅立つことになった。
今現在、↓成田空港です。
成田空港

空港で「ブログやってるヒマあんのか?」って話なんですが、現在、時間を持て余しています。と言うのは、7年ぶりに海外に行くので用心して早めに来ようと思って、19:00のフライトなのに15:00に成田に到着してしまったからだ。

だから今、ロビーのPCデスクでブログを書いてます。どうでもいいが、どうやら隣のお姉さんもブログを書いているようだ。皆せっせとブログ、なんか笑っちゃうね。

では、そろそろ行ってみます。

テーマ : 男の育児
ジャンル : 育児

長男ユータのお絵描き(親バカな話)

えっと、今日は全く親バカな話をしますが、どうかご容赦くださいね。

最近、長男ユータがパソコンを使いだしました。僕はとりあえず電源の入れ方やソフトの起動方法だけを教えたのですが、そしたら後は自分勝手にゴチャゴチャとやり出した。

で、その3日後。ユータと弟のピースケも一緒になって、何だか熱中してるな~と思ってみたら、
↓こんな絵が出来上がっていた。

ユータのお絵描き

ちなみに、これ、Windowsに付属している「ペイント」というソフトだけを使って描いたものです。スキャナで写したものではありません。

(わかる人はわかると思いますが、)この「ペイント」というソフトは、無料で付属しているだけあって、メチャメチャ使い勝手が悪いんですね。たぶん初心者が「ペイント」を使って、この絵を描けと言われたら、

「うわあああ~、出来ません!」って、

90%くらいは発狂するはずです。もちろん僕も発狂します。

でもね、アイツが発狂しないというか、むしろ喜んでこれを描き切ったのは、ちょっと感心した。そして、これは明らかに僕と違う才能を持っているとも感じた。

要するに、(上手下手はともかく)「絵を描くことが好き」なんですね。

思い返せば、妻も絵を描くのが大好きだったし上手だった。生前は、よく(僕を除いた)親子三人でずっと一緒に絵を描いてました。

一方、僕ですが、そのレベルは「浜ちゃん」よりは多少うまい、と言えば御理解いただけるでしょうか(苦笑)。

だから、たぶん(いや、確実に)現時点で、長男ユータは僕を超えてしまっている。こういう時、やっぱり妻がいたらなあとも思う。たぶん生きていたら、きっとパソコンの前でユータとの「お絵描き談義」にも花が咲いたことだろう。

でも、仕方ないよね。
「浜ちゃん」レベルだけど、僕がたまにはつきあうか。

いや、まあ無理することもないかな~。とりあえずは、アドビ(パソコンのお絵描きで有名なソフト)を1本買ってあげれば、それで勝手に伸びていくかな。

ま、様子見ながら決めていこう。
今日は、そんなことがあったり考えたりした日でした。

テーマ : 男の育児
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「そのうち」を止めた話

突然だが、来週シンガポールとドバイに行くことにしました。シンガポールもドバイも学生時代の友人が数年前から住んでいて、毎年クリスマスカードに「そのうち遊びに来てね」と書いてあったから。

まあ、「そのうち・・・」と書いてあっても、
普通は社交辞令なんでしょうけどね(笑)。

でもね、もう僕は、「そのうち・・・」という生き方を止めることにした。それは、やっぱり妻の死が影響していて、自分も死というものを強く意識するようになったからだ。自分だって、いつ死ぬかわからない。「そのうち・・・・」なんて言っても、その機会が本当に来る保証なんてどこにもない。

「今の今、やりたいと思った事を実行に移す」
「今の今、出来ることを精一杯やる」

それが、あの闘病生活から学んだこと。今やらなければ必ず後悔するだろう。もちろん、実行に移して、それが全くの自分勝手で周りに迷惑をかけるなら、当然やってはいけない。

しかしながら、例えば「手配が面倒」とか、「休みすぎかな」とか、「ちょっと贅沢かも」とか、「世間体が」とか、そういう感じのつまらない理由で躊躇はしない、と心に誓っている。

そんな折、海外の彼らが「そのうち来てね」と言っていたのを思い出した。

ちょうど海外も久しぶりに行きたい気分だったし、航空券の安い時期だし、調べてみるとシンガポールとドバイは日本から周遊券で行けるし、留守中の子供達は母が見てくれるし、条件は全て揃っているのだ。

「もう、今の今実行に移すしかない」
ですよね!

まあ、シンガポールとドバイの友人からすれば、(社交辞令のつもりだったのに)「えっ、まじに来るの?」ということなのだろうけど(笑)、僕が「まじに行くよ」と伝えたら、大歓迎してくれることになった。ここでも友人たちに感謝だ。

ということで、とにかく来週、海外に出かけることになりました。まあ、もしかしたら一言「傷心旅行」ということなのかもしれない。でも、そこが左脳人間の僕でして、書き出したら理屈が長くなってしまいました(苦笑)。

ご勘弁を。

では、この件は、また現地からアップしてみます。
やっぱり旅行は記憶よりも記録にも残さないと。
(これは、妻から教わったことです)

●追伸
上記のとおりなので、僕に「そのうち・・・」の社交辞令は通用しませんからね。即実行しますから、覚悟しておいてください!
プロフィール

ジョン

Author:ジョン
1968年生まれ、男性。
1996年に結婚。
1998年長男ユータ誕生。
2002年次男ピースケ誕生。
2005年妻が乳癌発症。
2005~2009年、闘病生活。
2009年妻が38歳で他界。

東京で男3人暮らしが始まる。

大学卒業後、日本有数の大企業に就職するも、ちょっと自分の人生観と違った(?)ので2000年に退社。その後、ベンチャーや転職を繰り返す。

2008年にフリーで稼げるようになって何とか独立。後は苦労をともにした妻と人生を謳歌したい・・・・そんな夢も実現できると思っていたのに、病気だけは何ともなりませんでした。無念です。

最後の1年間は僕もフリーで時間があったし、家族一緒に色々と旅行しましたよ。幸せのひとときでした。写真は最後の沖縄旅行で妻が撮影したもの。この旅行も家族のいい思い出になりました。

さて、これからどう生きるのか?家事は?育児は?仕事は?一応、このブログに綴ってみます。どうなることやら。

では、では、いってみましょうか。

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