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妻のことが歌になるのかも

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ご近所さんから、肉じゃがの差し入れがありました。ちょうど「今日の夕飯どうしよ?」と思っていたところなので、とっても助かりました。あとはこれにサンマ焼いて味噌汁作るだけ!!楽勝。もちろん美味しく頂きました。どうもありがとうございました。


さてテレビに出演した後なのですが、本当に本当に色んな方からのお便りが続いています。旧知の人、ご近所の人、同じような体験をした人。そして多くの若い人達から。

(テレビのことを連絡してなかった)
旧知の人は、ビックリしたという人が多かった(当たり前か)。
テレビ観ていて「大変な人もいるなあ」と思っていたら、最後に出てきたのが知人(の僕)だったわけで。

そりゃ、驚いたんでしょうね(笑)。

「ええっー!!」って感じで、(想像するとちょっと可笑しいですが)
「本当にお前??」みたいなメールや電話を頂いてます。

「ええ、本当に僕ですよ」
どうもありがとう。


(テレビのことを連絡してなかった)
ご近所の歯医者や美容室、息子が昔通っていた幼稚園でも、
「あれ、あの人じゃない??」って話になったらしくて、
通りがかりに
「もしかしてテレビ出ました?」って声かけられました。
「ええ、実は・・・」という感じなのですが、気恥ずかしい限りです。

どうも失礼いたしました。


そして最も多くのお便りを頂いている
同じような体験者の方々へ。
これは全然返信できてなくて大変申し訳ないです。でもね、自分の体験とオーバーラップして何回も泣いてしまいますし、とっても励まされています。だから凄く感謝してます。あせらずゆっくり、またお互いにがんばりましょうね。

今はそれしか言えませんが、
本当にどうもありがとうございます。


さて、そんな中でね、
若い方(中高生を含む学生さん)からも沢山お便りを頂いていて、
例えば
福岡のある音楽事務所に所属する若い音楽ユニットの方からは、

「テレビ放映があった日から一向に千里さん、ジョンさんのことが頭から離れません・・・どうしても千里さんの生き様から得た感動を私なりに形にし、多くの人になにか感じ取ってほしいと思ったのです。」

とのお申し出が。
何回かメールのやりとりもあり、誠実な方と思い、僕はその申し出を受けることにしました。

だから、いつか妻のことを歌った詞とメロディーができるのかも、と。

さて、どうなるんでしょうかね。
もちろん妻の歌に限らずですが、いい歌作ってどんどん羽ばたいてください。楽しみにしてますね。


以上、そんなことがありましたよ。

それにしても、我が妻のことながら、
「なんだか凄いな・・・」って思ったり。

お線香焚いて、妻に報告しとかなくちゃ。


では、また。
ありがとうございました。


●追伸
昔、「めぐり逢えたら」って映画を観ました。
その内容は、妻を亡くしたトム・ハンクスがラジオに出て、放送後に何千人のリスナーからお便りをもらって、色んな話が展開するという感じだったと思うのですが・・・・

当時はテレビやラジオって、そんな影響力あるの??って思いましたが、やっぱり凄いかも。

ちなみに、あのテレビの視聴率17%くらいあったらしいです。
さんまの「ホンマでっか!?TV」を抜いて一番だったとか。

そんなこと聞きました。
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嬉しかった親友の一言

P1020297.jpg
妻の友人達がお参りに来て花を添えてくれました。また焼きたてのパンや栗ご飯、豚汁も頂いたり、相変わらず甘えてばかりです。ありがとうございます。

今週、僕の高校時代の親友Tと会食しました。
彼とはもう四半世紀のつきあい。受験時代は共に某○○大学を目指したり(あえなく二人とも撃沈だったけどね)、学生の時は一緒にオーストラリアも遊びに行った。結婚してからは、妻も交えてテニスやったり飲みに行ったりもした。

妻が亡くなった時は、彼はイの一番に駆けつけてくれたし、高校時代の友人達にすぐに連絡してくれて、香典や励ましのメッセージをまとめてくれた。

さらにさらに。彼は彼の両親を葬式の手伝いに来させるって言った(いや、さすがに彼の両親が来ても手伝うことないので、感謝して断ったけど、笑)。

そんな頼りになって(少しおっちょこちょいな面もあるが)、
優しいのが僕の親友のTなのだ。

彼は今、世界の某一流企業に勤めていて、名古屋に在住している。今年は震災やらタイの洪水やらでとっても忙しい日々を過ごしているようなのだが、あのテレビ放映の後に

「昨晩テレビをみました。
涙が止まりませんでした。
大変な想いをしていたんだね。
何も力になってあげられず、
本当に申し訳ない。
人間の存在というか大きさって、
どれだけ前向きに成れるかなんだと、
見ながら感じていました。
今度東京に出張するので会いましょう。」

って連絡があった(いい奴でしょ!)。


そんな彼がね、会食の席で言うんです。

(あっ、一応言っておきますが、ここまでが前置き。
ここからが本論ですよ!眠らないで!苦笑)

「実はさ、あのテレビを観るまで、
ちょっと悩みごとがあったんだ。
でも、あのテレビ観てから、
俺は何てくだらないことで悩んでたんだって。
悩みがぶっ飛んだよ」と、そう言ってくれた。

これは嬉しかったですねえ。

実際のところ、僕も妻が亡くなってから、あまり悩まなくなった気がする。それは、死を目前に控えた彼女の死生観を目の当たりにして、僕も一種の開き直りのような気分が身についた面があるからだし・・・・

それにね、こういう状況ですから、
毎日の家事や育児、それに仕事もあって・・・
全てが順調ならいいですけど、
仕事で面倒なお客さんにゴチャゴチャ言われて、
さらに学校の進路指導やお手紙がいっぱいきて、
その上、子供が病気になったりすれば、

「できるか、馬鹿!」
みたいな気分にはなりますよ(笑)。

(もちろん、心で言っているだけですからね、一応)

だから「悩むより行動」するしかないわけで、
多分あんまり悩まない状況になっているんだと思うのだが・・・・


んっ?!
閑話休題です。

話がそれてきました。

親友Tの話に戻します。
そう、彼があのテレビを観て、そんな気分になってくれたのはとっても嬉しいこと。彼女の生きた証しって、大袈裟なものじゃないけど、ちょっとでも僕の親友の励ましになったのだから、なんだかジーンときた。

「ありがとう、T」

もちろん家に帰って、
「そんな事があったよ」って妻に報告して
お線香上げてみました。


そんな感じです。


ではでは。
どうもありがとうございました。


●追伸
沢山のお便りに返信できていません。
本当に申し訳ありません。

でも全部読んでいます。
凄く励まされています。

よかったらまた送ってくださいね。
そのうち時間が出来たら返信もできるかもしれませんので。
すみません。

沢山のコメントやメール、ありがとうございました。

テレビ放映後、妻のブログやこのブログに対して、本当に沢山のコメントやメールを頂きました。たぶん全部合計すると1000通くらいあったと思うのですが、今日やっと全部読み終えました。

ただ、今回はあまりに数が多くて個別に返信していません。申し訳ないです。でも、しっかり熟読はしましたので、皆様のあたたかいメッセージは受け止めさせて頂きました。

本当に本当にありがとうございました。

よかったら
またどんどん声をかけてくださいね(←図々しい、笑)。
必ず読みはしますので。

実のところ、(今までもそうなのですが、)僕は周りの皆からの暖かい応援があったらから生きてこれたようなもの。今回のように、こんなに沢山の声援をもらったり、他の人も頑張っている話を耳にすると、「今日も頑張んなくちゃ」って、凄く励みになったりします。

と、自分勝手なお願いでしたね。
すみません。


さて、今回頂いたお便りのことなんですが・・・

中には妻と同じように闘病生活をしていらっしゃる方も大勢いました。心が痛みます。どうかゆっくりあせらず、前向きにがんばって欲しい。家族にも思いっきり甘えて欲しいです。全然大丈夫ですからね。


また、僕と同じような立場の方も何人もいて、本当にお気持ちわかりました。共感できます。でも前に進むしかないです。負けずにお互いに頑張りましょうね。エール交換です。

参考になったのは、親を早くに亡くした方からのお便り。僕は子育てやっていて、お母さんがいないって、どんな気持ちなんだろ?と想像するしかなかったのですが、そういう方からのメッセージ、(中には非常に辛い告白もありましたが、)子供がどんな気持ちでいるのかを察する上で非常に参考になりました。感謝してます。

ちょっと意外だったのは、中高生からのメッセージが沢山あったこと。「へえー」と思った(ごめんね、失礼で)。これから彼や彼女たちは大人になっていくんだけど、きっと色ん試練があると思う。そして人生とは何か、幸せとは何かを考える場面が必ず来るだろうけど、「人生きっといいことあるよ」って声をかけたい。是非がんばって努力してね。きっと素晴らしい未来があると思うから。


あと他にも本当に沢山のお便りを頂いていて、
本当に嬉しかったんですよ。

でも、今日はこのへんでペンを置きますね。

最後に、重ねてお礼を言わせてください。

「どうも、ありがとうございました」


ではでは。
またお会いしましょう。


テレビ放映、過去に戻った日

10月5日(水曜日)、
妻の闘病が再現ドラマとしてテレビ(日テレ)で放映されました。

ドラマの内容が「乳がんの妻とブログ」ということもあって、
放映直後から妻(千里&うさ子の乳がんスローライフ)やこのブログに
本当に沢山のコメントやメールを頂いています。

本来なら、まずそのお礼を書くべきなのですが、
あまりに沢山頂き(本当に嬉しい、ありがとうございます)、
かつ自分も忙しかったりで、
実はまだ全部読み切れていません。

そこで、コメントのお礼は、失礼なのですが、全部拝読した後にさせて頂くことにして、今日はテレビ放映の日の我が家の様子をお伝えしますね。

申し訳ないです。


あっ、それと、いつも気になるのですが、もし闘病中の方がいらっしゃいましたら、まずは、こちらの記事をお読み頂ければと。


さてテレビ放映の時ですが、当然ながら、
我が家は親子3人でテレビの前で鎮座して観賞となりました。

ドキドキでしたが、ドラマが始まると、
まず息子たちが声をそろえて言った言葉が印象的。それは、

「お母さん、そっくり・・・」って。

確かにそうだったのです。制作の方から「奥様の写真に似た女優を選びました」と聞いていたし、僕もこのオンエアーの前に見ていたので知ってはいたのですが、こうして改めて見ると、顔も仕草も着ているものも、何もかもが妻とそっくりで、本当に息を呑む思いでした。

だから、子供達も一気に見入ってしまった。
もちろん僕も。


そして色んなエピソード。
僕がテレビ局側に伝えたことが再現ドラマになっているわけだから、当たり前と言えば当たり前なのですが、当時の様子が本当にリアルに再現されていました。

乳房全摘の前に二人で写真を撮ったこと。
3度目の夏、再発が無くて「幸せ」と語ったこと。

緩和ケアを奨められて、泣きじゃくったこと。
普通になりたくて無理やり買い物に行ったこと。

些細なことに幸せを見つけていた毎日。
楽しかった箱根と沖縄の旅行。

そして、亡くなる直前、一緒に見た東京タワー。

全部が全部、走馬灯のように僕の記憶が蘇ってきて、そして泣けた。
でもね、泣ける半面、なんだか懐かしくて懐かしくて、うれしかったりもしてね。


そんな再現ドラマの中、ただ唯一僕の記憶に無いのが、
妻が残してくれた「生前最後の手紙」を書き残した様子。

この手紙は、妻が僕に内緒で書いていたので、僕は当時の彼女の様子は想像するしかなかったのですが、今回映像にしてもらって、

「ああ~、こんな感じだったんだろうなあ」
「辛かったろうなあ、苦しかったろうなあ」

と思いを馳せて、また号泣してしまった。

子供達の様子はというと、
長男は最後まで目に涙を浮かべ食い入るように見ていたのですが、次男は途中で裏の部屋へ。

どうしたんだろうと思って後で聞いてみると、
「俺、お母さんが死ぬとこ見たくない」とのこと。

ふっと、次男が書いた「お母さんが死んだ日の日記」のことを僕も思い出し、きっと心に何か大きな悲しみがあるのかと察し、今はそっとしておくことに。いつか、また録画したものを見ればいいよね。

あっ、でも一応言っておきますが、次男は翌日からはチョー元気です。心配なさらないでくださいね。


そんな感じで、ドラマ放送の日は、
我が家は過去に戻って昔を懐かしみ、妻を偲ぶことができました。

妻も天国で見ていてくれただろうか、と。


実は最初、「奥さんのことをドラマにしたい」という話を頂いた時、
「そんなことしていいのだろうか?」と迷ったんです。

でもね、こうして素晴らしい映像にしてもらって、
家族の宝物にもなったし、妻の生きた証にもなったし、
妻へのレクイエムにもなりました。


制作に関わった皆様、連日徹夜だったと聞いています。
本当にお疲れさまでした。
感謝しています。

ありがとうございました。


では今日はそんな感じで。
またお会いしましょう。
失礼します。


●追伸
それにしても、今回のテレビ局の制作の方々のプロ意識は勉強になりました。ちゃんとした脚本作るために、何回も会ったりメールしたり電話したり。

結果、細かいですが、例えば
妻がしていた帽子やショール、リンパ浮腫の程度、
はては箱根旅行の時の車は、我が家と同じシルバーのワンボックスカーまで揃えて頂き、「神は細部に宿る」と言いますが、本当にリアルな再現ドラマになっていました。

ありがとうございました。


●追伸2
そんなリアルな再現ドラマでしたが、僕役の男優さんはカッコよすぎました(苦笑)。
現実の僕とはギャップがありますが、でも知り合いから
「かっこよかった」と声がかかったり。
何故か、僕の株があがっているような。

ありがとうございました。
プロフィール

ジョン

Author:ジョン
1968年生まれ、男性。
1996年に結婚。
1998年長男ユータ誕生。
2002年次男ピースケ誕生。
2005年妻が乳癌発症。
2005~2009年、闘病生活。
2009年妻が38歳で他界。

東京で男3人暮らしが始まる。

大学卒業後、日本有数の大企業に就職するも、ちょっと自分の人生観と違った(?)ので2000年に退社。その後、ベンチャーや転職を繰り返す。

2008年にフリーで稼げるようになって何とか独立。後は苦労をともにした妻と人生を謳歌したい・・・・そんな夢も実現できると思っていたのに、病気だけは何ともなりませんでした。無念です。

最後の1年間は僕もフリーで時間があったし、家族一緒に色々と旅行しましたよ。幸せのひとときでした。写真は最後の沖縄旅行で妻が撮影したもの。この旅行も家族のいい思い出になりました。

さて、これからどう生きるのか?家事は?育児は?仕事は?一応、このブログに綴ってみます。どうなることやら。

では、では、いってみましょうか。

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