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残る罪悪感

今日は読者から、こんなお便りを頂きました。
まずは掲載してみますね。

-----------------ここから-------------------------

突然のメール大変申し訳ありません。
私の妻も骨肉腫という病気で、
2010年7月に発症しまして、
約1年5か月の闘病の末、昨年12月に亡くなりました。

まだ2か月程しか経っていないのですが、
毎日悲しみに暮れています。

妻は病気の事はもちろん知りながら、
共存でも良い、まだまだ生きたい、生きるんだと頑張っておりました。

でも、私は医師から余命の宣告を受けていましたが、
それを妻に最期まで言う事ができませんでした。

いつもあまり進行もしてないから大丈夫だって嘘ばっかりついて、
言葉の治療と思い自分を説得してました。

でも、その罪悪感がいまだにありまして。。
妻はどう思ってるのだろうと思ってしまいます。

今は何か妻に関わりがある事をしてなければ、
なんだか落ち着きません。

未だに病院に入院してて頑張っている様な気もしますし。。

(妻が亡くなる時のこと)
その病院は、車で4時間程の所なんですが、
2日前まで元気に外出して、
家族みんなで買い物していたのに、

そのあと急変し、
病院へ行った時はもうただ声を出し
苦しそうに呼吸してるだけでしたので、
心残りで仕方ないんですよね。

夜中呼吸が止まった時の、
シーンとなった事を思い出すと凄く辛いです。

ジョンさんも海外よく行くのですね。
私も好きで、
心が落ち着いたら一人旅でもしようかなと思っております。


ではまた。

-----------------ここまで-------------------------


奥様のご冥福、心よりお祈り申し上げます。

お気持ち、お察しいたします。
僕も同じような罪悪感があります。

何故なら、
入院して帰らなかったというブログにも書きましたが、「もう二度と戻ってくることはできない・・・・」あの時、僕も妻には本当のことは言えなかったから。

その罪悪感が同じ。

本当のこと伝えるべきだったかなあ、
いや、やっぱりそんな事できなかったし・・・

妻はどう思って逝ったのだろう?
今でも考えてしまう。



ちょっと話が変わりますが、
今日、車に乗っていたら、FMから
ユーミンの「春よ、来い」が流れました。

妻の余命宣告された頃、今日と同じように車内には「春よ、来い」が流れたことがあったのですが、でも、その時は妻は突如として、

「お願い止めて。この曲聴きたくない。」

と叫んだのです(今でも印象に残ってます)。

慌てて、すぐにスイッチを切ったのですが、妻の眼には涙。
「何故?」って、僕は聞き返すこともできずに二人とも沈黙が。

もちろん「春よ、来い」は、しみじみする名曲。

でも、曲調も悲しいし、「春よ、来い」って歌詞、あの時の妻には残酷な綺麗ごと。「だって、春は来ないんだから」。妻は、その矛盾に耐えられなかったのだろうか。

今日はお便り貰って、偶然にも車でこの曲を聴いて、もしかすると(僕は告げることできなかったけど)妻は覚悟していたのかなと考えたりしました。

今となっては想像するしかないですが。

僕もお便り下さった方も(残された者には)、罪悪感、葛藤、後悔、色んな気持ちがあります。でも、僕たちは生きるしかない。

今日は、(自分も含めて)「ガンバレ」ってエール送ってみることにしました。
お便り、ありがとうございました。


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コメント

非公開コメント

妻を癌で亡くして4年経つ義弟も同じ事を言います。
後悔は今もいっぱいある、って。
特に
経済的な理由からか?本人の希望だったか?(どちらもあった??)からか一切の治療を受けず最期まで自宅で痛みもがき、痛み止の座薬のみだったので夫としては借金返済のため仕事を休む事も出来ず付き添えなかったし
不甲斐なかったのでしょう…。
でも こうも言いました。
その後 実父も癌で亡くしたのですが
父はホスピスに入り家族の献身的な介護もあって穏やかな最期だったけど それでも後悔はやっぱりある、大切な人を亡くしたら何らかの後悔はついてくるんやで、きっと…、と。

義弟は今は一人暮らしになったのですが妻を亡くした当時は子供や犬がいてた事を《良かった》と振り返ります。お弁当作りや朝夕の犬の散歩があって毎日のリズムがきちんとあった、と。
でも今は《自分が生きるためだけに働いてる毎日。死んでもいいと思って酒を浴びるけど死ねないもんやな~》なんて淋しそうに笑いました。

いつも見てます

ジョンさんは奥さんに罪悪感がある、と
ブログに書いていますが・・・
どうしてもう家に帰ってくることができないと
わかったのか疑問でした。
医者から余命宣告をされていたのですね。
奥さまは退院するつもりでいたので・・・
とても残念に思いますね。
でも…言えないですよね。

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ご冥福をお祈りいたします

すべてを伝える事がその人のためになるとは限らないと思いますよ。 それに 自分自身が こうなんじゃないかと思っているのと 実際に そうだよと言われるのは やっぱり気持ちが違うのでは・・・と思います。

もしも 奥様が気づいていたとしても、ご主人が黙っている優しさは十分 伝わっていると思いますよ。
生きる希望をなくしてしまうこと。。。そんな事は やっぱり言えないですよね。。。

人が亡くなった時・・・後悔はいっぱいあるし こうすれば良かった・・・・と誰もが思うものではないでしょうか。
でも きっと天国から見ている本人は、そんなことないよ。と言ってくれているんじゃないかと 思っています。
これから先、こうしてあげれば良かった・・・・どう思っていたんだろう・・・と思う事は きっと変わらないと思います。
でも、時間とともに いい思い出の方が いっぱい思い出せてくれるといいな。。と思います。

ご冥福を お祈りいたしますm(_ _)m 

奥様はきっと

何もかもお見通しだったかもしれませんね。。
その上でもし答えがあるとしたら
お友達からきた奥様のメッセージ・・・
「ありがとう。しあわせでした」だと思います。
ジョンさんの思いも葛藤も含めて、しあわせだった。
と言ってるんじゃないでしょうか。。
きっといろんな方が「これで良かったのか?」と思われると思いますが、
そう思ってくれるなんてしあわせだわ。
と天国で言ってますよ!

Re: タイトルなし

義弟さんのこと、お察し申し上げます。

僕の場合、実は幸いにもあまり後悔はないんです。
ただ、今でも彼女の無念さを思うと本当に可哀想で。
そのことが心に残る日々を送っています。

義弟さん、がんばってください。
僕もがんばります。

ありがとうございました。

Re: いつも見てます

> どうしてもう家に帰ってくることができないと
> わかったのか疑問でした。
> 医者から余命宣告をされていたのですね。

はい、そうです。

> 奥さまは退院するつもりでいたので・・・

はい、そうなんです。

> とても残念に思いますね。
> でも…言えないですよね。

はい。
とても言えなかったです。
でも自分だったら言って欲しいような気もするし。
難しいです。
それが罪悪感になってます。

Re: ご冥福をお祈りいたします

励まし、ありがとうございます。

天国の彼女からメッセージをもらったようで嬉しかったです。
何だかほっとしてしまいました。
感謝です。

Re: 奥様はきっと

ありがとうございます。

天国でそう言ってくれてますかね。
ずっと答えは出ないけど、
さきほどのコメントに続き、何だか本当にホッとしてしまいました。
救われます。感謝です。

家族の闘い

v-22患者より家族が辛いのだろうとガンになってからわかったんです。
患者を抱えるご家族が書かれたブログも読むようにしました。
母としてどうしたらいいのかと・・・・・

家族が困らないように今から、ガンが進行し最期を迎えるときまでこうしてほしいと思うことは伝えてあります。(聞かされる家族は、どう思っているのかわかりませんが、そういう話をするときはもちろんか~るく笑顔で話してます。)
我が家の場合は、子供たちが成人してますからジョンさんのご苦労に比べると大したことではありません。
ガン患者のなかでも末期とはいえ、私は楽な闘病をしていると思うので、泣き言は言ってられないです。千里さんは本当に強かった・・・
また、ブログ読み返してしまいました。

Re: 家族の闘い

うるうるママさん、

コメントありがとうございます。
直接メールに御返事させていただきますね。

頑張って生きます

私のママも。がんで亡くなりました。お父さんは、死にたいって言ってるし弟は、まだ1歳で大変ですが、長女の私は、頑張って生きます

Re: 頑張って生きます

> 私のママも。がんで亡くなりました。
> お父さんは、死にたいって言ってるし弟は、
> まだ1歳で大変ですが、長女の私は、頑張って生きます

そうですか。お察し申し上げます。
心が絞めつけられます。
ママはきっと見守ってくれているはずです。
頑張ってください。

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プロフィール

ジョン

Author:ジョン
1968年生まれ、男性。
1996年に結婚。
1998年長男ユータ誕生。
2002年次男ピースケ誕生。
2005年妻が乳癌発症。
2005~2009年、闘病生活。
2009年妻が38歳で他界。

東京で男3人暮らしが始まる。

大学卒業後、日本有数の大企業に就職するも、ちょっと自分の人生観と違った(?)ので2000年に退社。その後、ベンチャーや転職を繰り返す。

2008年にフリーで稼げるようになって何とか独立。後は苦労をともにした妻と人生を謳歌したい・・・・そんな夢も実現できると思っていたのに、病気だけは何ともなりませんでした。無念です。

最後の1年間は僕もフリーで時間があったし、家族一緒に色々と旅行しましたよ。幸せのひとときでした。写真は最後の沖縄旅行で妻が撮影したもの。この旅行も家族のいい思い出になりました。

さて、これからどう生きるのか?家事は?育児は?仕事は?一応、このブログに綴ってみます。どうなることやら。

では、では、いってみましょうか。

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