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妻の友人からメッセージを頂きました

今日は、亡き妻の親友が、自身のブログに
「妻に対しての思い」を書いてくれていて、
許可を貰って転載させて頂きました。

これ読んで泣けました。
ありがとうございました。

(文中、○ちゃんは、妻のことです)
---------------転載ここから---------

○ちゃんは長男幼稚園時代のママ友。
いつも明るく、やさしく、元気な○ちゃん。
私よりも年下だけれど、色々なことに気がつく女性。
次男出産の時も、長男の幼稚園送迎を手伝ってくれました。
それも、もさりげなく、さらっと・・・
相手に気を遣わせない、大人なやさしさ。
私もこんな風にさりげなく人のお手伝いがしたいな~と思っていました。

そんな○ちゃんから、力なく小さな声で電話がかかってきたのが、
卒園後の7月。
「乳がん」の告白でした。
何て言ってあげたらいいのかわからず、・・・あの時の電話の応対・・・覚えていません。

何事にもポジティブな○ちゃんは、手術、再発、転移にも果敢に挑戦していました。

私が全粒粉100%のパンを作り始めたきっかけも○ちゃん。
これがなければみずきさんへの特急便もなかったでしょう。

体調がいい時は、仲良しの仲間と一緒にランチをしたり、オペラも一緒に聴きに行きました。
いつでも元気、辛い治療は口に出さず、私達と会うときは明るい○ちゃんでした。

昨年の初夏、深夜にメールのやりとりをしていて急遽、翌日○ちゃん宅へ遊びに行くことに。
何か食べたいものある?と聞くと、
「アナタのパンが食べたい。」と・・・
嬉しくなって夜中に仕込み、早朝焼き上げ。
すごく喜んでくれて、パンを食べながら話も弾む。
いつも気を遣っている○ちゃんの「深夜のリクエスト」
今考えると、○ちゃんのあんな「嬉しいわがまま」は最初で最後だったかも。

夏休みが過ぎて、秋になり、さらっとしたメールを交わしたものの、
それから連絡をとることがなく過ぎていった初冬。
久しぶりに送ったメールの返信に不自然さを感じて、しつこくしつこくメールをすると、
「実は、今入院中なの」との返事。しかも「緩和ケア病棟」
驚きとショックで携帯を持つ手が震えた。
「具合がよくなったら連絡するから、病室に遊びに来てね。」との結びの言葉に従いつつも
不安でもやもやした気持ちがおさまらない。
ある休日の夕方、いてもたってもいられなくなり、主人に高速をとばしてもらい、お見舞いへ。

追い返されてもいい、とにかく会いたい・・・そう思って病室を訪ねると、
「わぁ~来てくれたの~」と、体はとっても辛いはずなのに、
いつもと変わらない優しい○ちゃんの声。
会えて嬉しかった。
前から約束していた、ハンドマッサージをしながらおしゃべり。
「Y君達は?ご主人は?」と気にしてくれる、そんなところ、いつもと変わらない。

帰り際、○ちゃんのご主人から「余命宣告」の事を伺う。
涙が止まらない。奇跡がおきてほしい・・・そう思うだけ。
その後、ご主人からのメール。
「妻が、来てくれて嬉しかったと泣いています。」
行ってよかった、よかったんだよね?

○ちゃんは、現状を誰にも知らせていなかったので、
ご主人の了解を得て、友人達へ連絡。
みんなそれぞれの思いでお見舞いへ。
毎日のように、仲間でメールをして、お互いを支えあい、祈る。

初めてお見舞いに伺ってから約2週間後、
私の「今日もお見舞いに伺っていいですか?」の問いに、ご主人からのメール。
「今日明日が峠です。家族で過ごしたいと思います。」と。

その2日後、浅い眠りから起きた朝、携帯が鳴り、画面に○ちゃんのご主人の名前が光る。
待っていなかった電話。
電話後は、泣く間もなく友人達への連絡等々、事務的な作業が続く。

そしてお通夜・葬儀ともに友人達とお手伝い。
こんな時は何か仕事がある方が、気が紛れていい。

後日、ご主人から1通のお手紙をいただく。
亡くなる 1週間前に、○ちゃんが私宛に書いてくれたメッセージ。
○ちゃんは、もう自分が長くないと悟った日から、
みんなに内緒(ご主人にも)で、看護婦さんに筆記用具を用意してもらい、近しい人々に
お手紙を書いていたそう。
ほとんど目も見えず、手も動かなくなったあの状態で、どうやって書いたのだろう。
考えるだけでもこみ上げるものがある。
封筒の中には、自由が効かない手で一生懸命書いてくれた温かいメッセージが書かれていた。

葬儀であんなに泣いたのに、再び号泣。

死の恐怖と戦っている時に、こんなにも優しい言葉を人にかけられるだろうか?
普通なら自分の事だけで、精一杯なはず
改めて○ちゃんの人間の大きさに心打たれる。
あなたには、かなわない・・・


○ちゃんの好きだったものを持ち寄り、好きだった曲をかけ、
友人宅で「しのぶ会」。

楽しくそして時には涙も流した「しのぶ会」、きっと○ちゃんもあの場にいたよね♪

日常生活の中での些細な悩み、怒り。
本当に小さな事なのに、その時の自分には大きな問題で、
子供を叱ったり、主人と口論したり・・・
そんな時、母の仏壇の横に飾ってある○ちゃんの手紙に目が行く。
「あ~私は人間がちっちゃいな~」と気づく。
そんなことがもう何度も
「ありがとう。手紙の通り、見守っていてくれるのね。」

ありがとう。

---------------転載おしまい---------

読んだら、また泣けてしまった。

本当に妻は友人に恵まれました。
ありがとうございました。


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テーマ : 日記
ジャンル : 日記

コメント

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わたしも励まされたひとりです

v-22本当にもっともっともっと早く会いたかった。
ブログだけのやりとり、それもあまりにも短い期間でしたね。

でも短さを感じさせない、彼女からの言葉で励まされました。
最後の病室で写った手の写真、わたしが知る唯一彼女の生きていた姿ですが、今もブログに訪問してみることがあります。

入院しましたのブログの病室の写真を見たときに、いろんなことが頭を駆け巡りました。
その入院のことも、前向きに書かれていた。

ブログから応援することしか出来なかった。
千里さんはやはり素晴らしい女性です。

どこの誰だか顔も知らない、会った事も無いわたしに、それもご自分のお体が悪い時に、励まし、癒し、勇気付けてくれるなんて・・・
感謝です。

お友達のブログも拝見してみたいです。

No title

私もね、彼女のブログを妹か聞いていて時々お邪魔しています・・・
嬉しいよね・・・こんな風に思ってくれる人がいるって
私なんか姉なのに、近くにいて話を聞いてあげることも
なかなか出来なかったからね 不甲斐無さを感じてたんだ・・・

でもね、妹からの 「○○ちゃんが・・・□□ちゃんがね・・・」
って いう言葉が出てくるることが 安心感でもあったね・・・。
今では私もお知り合いになれたしね・・・妹の宝物のお裾分けしてもらってますよ

Re: わたしも励まされたひとりです

> でも短さを感じさせない、彼女からの言葉で励まされました。

そう言って頂けると、本当に嬉しいです。

> 最後の病室で写った手の写真、
> わたしが知る唯一彼女の生きていた姿ですが、今もブログに訪問してみることがあります。

あの手、よくさすっていたなあと思いだします。
わずか2カ月くらいで浮腫が酷くなってしまいました。

Re: No title

返信遅れてごめんなさい。
最近、何かと忙しい今日この頃。

> 私もね、彼女のブログを妹か聞いていて時々お邪魔しています・・・

あ、そうだったんだ。

> 嬉しいよね・・・こんな風に思ってくれる人がいるって

ほんとに。
今でも、色んなところでサポートしてもらっているので、
ありがたいことです。

プロフィール

ジョン

Author:ジョン
1968年生まれ、男性。
1996年に結婚。
1998年長男ユータ誕生。
2002年次男ピースケ誕生。
2005年妻が乳癌発症。
2005~2009年、闘病生活。
2009年妻が38歳で他界。

東京で男3人暮らしが始まる。

大学卒業後、日本有数の大企業に就職するも、ちょっと自分の人生観と違った(?)ので2000年に退社。その後、ベンチャーや転職を繰り返す。

2008年にフリーで稼げるようになって何とか独立。後は苦労をともにした妻と人生を謳歌したい・・・・そんな夢も実現できると思っていたのに、病気だけは何ともなりませんでした。無念です。

最後の1年間は僕もフリーで時間があったし、家族一緒に色々と旅行しましたよ。幸せのひとときでした。写真は最後の沖縄旅行で妻が撮影したもの。この旅行も家族のいい思い出になりました。

さて、これからどう生きるのか?家事は?育児は?仕事は?一応、このブログに綴ってみます。どうなることやら。

では、では、いってみましょうか。

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