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四十九日を終えて決心したこと

妻の四十九日を終え、僕は一つ決心しなければならないことがある。

それは、「仕事」のこと。

実を言うと、「仕事」は去年の10月に全てをキャンセルしてから、今にいたる4ヶ月間何もしていない。(変な言い方だが)仕事をしなかったことは本当に良かったと思っていて、妻の最後の闘病生活を完璧に一緒に(仕事に邪魔される事なく)過ごすことが出来た。

だから後悔がない。It's my pleasure.

だが、(現実的には)この4ヶ月だけでも3枚の請求書がきていたりする。それは入院・治療費用、民間療法で中国からとりよせた漢方の抗癌剤等々の費用、それに御葬式代、

あわせて500万円超になる。

幸いにも、今までの貯金、親族の援助や香典で払う事はできるが、それでも、ニコニコと屁でもなく笑って払えるほど僕は金持ちでない。だから、そろそろ、いやとっくに仕事を再開しなければならなかった。

・・・・が、しかし、である。

ずっと仕事をやる気がおきなかった。(仕事以外の)育児と家事は、どうしても必要に迫られるから、強制的にスタートせざるを得なかったのだが、こと仕事に関しては、幸か不幸か、僕は独立して仕事をやっているので、何も強制力がない。

毎日、毎日、仕事をする時間になっても、なんか昔の写真を見たり、動画を見たり、人生って何だ?って考えたり、このブログ書いたり(苦笑)と、適当にダラダラと時間を使って過ごしている。

妻が亡くなったばかりのころは、何かそうやって過ごすのが妻の供養にもなる気がしたのも事実である。だって、僕は美味しいものも食べれるのに、妻は食べれない。僕は仕事できるのに、妻はできない。僕は普通に生きているのに、妻はもういない(涙)。

だから、当然僕も何もしないほうがいい・・・みたいな。

でも、最近やっと落ち着いて冷静に考えると、たぶん妻はそんな事は望んでいないだろうと思うようになった。むしろ逆なんじゃないかと。ただ毎日をダラダラと過ごすよりも、毎日を「けじめをつけて善く生きる」、これこそが妻の望みであり、あの闘病生活から学んだことではなかったのか?と。

僕の場合、毎日を「けじめをつけて善く生きる」ためには、当然仕事が必要となってくる。いや、現実的にも仕事でお金が入ってこないことには、いつかは経済的に生活が行き詰ってしまう。

今、ちょうど妻の四十九日も終わった。少し一区切りするにはいい時期だ。だから、明日から仕事を再開しよう。がんばらなくちゃね。今日は、そんな気持ちを整理するためにも、ここに文章を書いてみました。
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テーマ : パパの育児
ジャンル : 育児

コメント

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No title

患者がガンとの闘いが始まってからはもちろんですが、自分自身が存在しなくなっても遺されたご家族に闘いが続くことを気づかされました。
ありがとうございます。
だから、今なんですよね、今日なんですよね。出来ることを・・・きちんと。
事故で突然亡くなられてしまう方と比べると、そういう意味では、神様がくれた考える時間、準備する時間、ほんとうに大切なものを気づく時間を与えられたと思うので私は、幸せだとおもっています。

育児も家事も仕事も非常に大変です。
ただ唯一、人間が相手の育児、子育ては楽しかったですよ。

以前わたしのブログから千里さんが入院されたぐらいに、、「入院中のお二人へ」というタイトルでポストカードをアップしましたが、本当にまたそのコトバをジョンさんにも送りたいです。
18日から発熱が続いていて、今日ようやく37.2度まで下がりましたが1週間近くパソコンからとうざかっていますが今日は更新できるかな?

ジョンさんも無理をしたり、あんまりがんばりすぎちゃうと、長い道のり息切れしてはいけません。

前向きに…

私は、母を亡くして、笑えなくなりました。
母はもっともっと生きていたかったのに、生きられなかった。
母がいなくなったのに、私がヘラヘラ笑って毎日を過ごすなんて…
そんな酷いこと出来ないと。
泣いてばかりの日々でした。

結局、当時4年ほど働いていた仕事も辞めました。
夫がある時、「お母さんはいつも○○の笑顔を望んでいたよね。
幸せになって欲しいって思っていたのよね。
そんなに○○がお母さんの事を思っているんだから、
きっとお母さんはいつも傍に寄り添っていると思うよ。
お母さんの為にも笑った方が喜ぶと思うよ。」と…
親はいくつになっても子供の幸せを願っています。
子供も親の事を考えています。

奥様は、きっとご主人とお子様達の幸せを
誰よりも願っていると思います。
写真に笑顔で毎日の出来事やお子様達の成長を
語りかけることが出来ますように、心よりお祈りしています。

亡くなった奥様の分まで、
お子様達と笑顔で毎日を過ごせますように…

生きたくても生きる事が出来なかった、
そんな思いが判る分大切に毎日を
私は生きていきたいと思っています。

Re: No title

> だから、今なんですよね、今日なんですよね。出来ることを・・・きちんと。

本当に。
(これは病気に関わらず)人生を充実させる鉄則だと実感しています。

> 事故で突然亡くなられてしまう方と比べると、そういう意味では、神様がくれた考える時間、準備する時間、ほんとうに大切なものを気づく時間を与えられたと思うので私は、幸せだとおもっています。

僕も、ふっとそう思うときがあって。
大切なものに気づくし、自分の人生観も変わりました。
でも、うるうるママさん、大丈夫。ゆっくりあせらずあきらめないでいきましょう。

> 以前わたしのブログから千里さんが入院されたぐらいに、、「入院中のお二人へ」というタイトルでポストカードをアップしましたが、本当にまたそのコトバをジョンさんにも送りたいです。

ありがとうございます。

> 18日から発熱が続いていて、今日ようやく37.2度まで下がりましたが1週間近くパソコンからとうざかっていますが今日は更新できるかな?
>
大丈夫ですか。心配です。
ブログに出てくる「ミッキー」さん、8歳の時にお母様を亡くされたのですか。
聞くだけで胸が締め付けられます。僕もがんばります。

Re: 前向きに…

> 母はもっともっと生きていたかったのに、生きられなかった。
> 母がいなくなったのに、私がヘラヘラ笑って毎日を過ごすなんて…
> そんな酷いこと出来ないと。

そうなのです。この感覚なのです。
妻が亡くなったときは、僕も癌で死んだほうがいいのではないか?
と思っていました。
でも、現実は、お腹も空いてきてご飯も食べるし、
何かあれば笑ってもしまうし、
俺はなんて冷たいヤツだったのだ?と自己嫌悪になったり。

> 奥様は、きっとご主人とお子様達の幸せを
> 誰よりも願っていると思います。

妻が残してくれた最期の手紙にもそんなことが書いてあって、
自分も現世でがんばることにしました。

どうもありがとうございました。
プロフィール

ジョン

Author:ジョン
1968年生まれ、男性。
1996年に結婚。
1998年長男ユータ誕生。
2002年次男ピースケ誕生。
2005年妻が乳癌発症。
2005~2009年、闘病生活。
2009年妻が38歳で他界。

東京で男3人暮らしが始まる。

大学卒業後、日本有数の大企業に就職するも、ちょっと自分の人生観と違った(?)ので2000年に退社。その後、ベンチャーや転職を繰り返す。

2008年にフリーで稼げるようになって何とか独立。後は苦労をともにした妻と人生を謳歌したい・・・・そんな夢も実現できると思っていたのに、病気だけは何ともなりませんでした。無念です。

最後の1年間は僕もフリーで時間があったし、家族一緒に色々と旅行しましたよ。幸せのひとときでした。写真は最後の沖縄旅行で妻が撮影したもの。この旅行も家族のいい思い出になりました。

さて、これからどう生きるのか?家事は?育児は?仕事は?一応、このブログに綴ってみます。どうなることやら。

では、では、いってみましょうか。

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