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今日は妻の命日

今日は妻の命日。

普段は明るく元気に過ごしている僕も、
さすがに今日は少し辛い。

・・・会って子供のこととか話がしたいな。

でも、時間は恐ろしいくらい逆戻りできない。

結局、今を生きるしかないんだな。
当たり前だけど。
(何度思ったことか)


さて、今年も命日にあわせて、
病院に行き、わずかですが、
がん撲滅の研究費を寄付してきました。

「3年前、ここにいたなあ」と思うと同時に、
多くの人が妻と同じように闘っている。

「人類が、がんを克服できますように」
と祈ってきました。


そして、家には妻のお友達からお花も届いています。
3年経ったのに、忘れずにいてくれて、本当に感謝です。
ありがとうございます。

今から、美味しいお菓子買ってお供えして、
夜は皆で祈りを捧げます。

天国のお母さんから14歳の長男へ

先月末、長男が14歳の誕生日を迎えた。

長男にとって、この14歳は、
久しぶりに(亡き)お母さんに会える日。

何故なら、妻のブログにも書きましたが、
妻は亡くなる直前、
「14歳になった時に渡してくれ」と、
子供達に手紙を残していたから。


当日、長男はもうわかっていて、
学校に行く直前、
「お父さん、今日はお母さんの手紙あるんでしょ!」
と、なんだか嬉しそうに出ていった。


その手紙、僕にとっては、
彼女が最期にどんな気持ちで書いたんだろうと、
とっても切ない気持になるものでもあるけど、

長男にとっては単純に嬉しいんだろうなあ。
やっぱり。


で、僕は妻の遺品が入っている箱を開き、
その手紙を仏壇に。

夜、長男はお線香あげて、部屋で一人、
手紙を読み、お母さんと再会したようだが・・・

部屋からなかなか出てこない。


どんなことが書いてあったのか?
何回も読み返しているのかな?
もしかして泣いてるのかな?

と色々気にもなるし、
僕も、久しぶりに再会するような気がして、
なんだか嬉しいような切ないような、
複雑な気持ちが盛り上がる。


やっと長男が部屋から出てきたので、
「どうした?」
「手紙、見せて」
と言うと、長男は拒否。

えー?!


「これは、俺とお母さんの二人の宝物」と、
かっこいい言葉は言えなかったけど、
そういう趣旨のことを言って拒否。

まあ、彼(長男)がそう言うなら、
無理強いもできないし、仕方ないか。


長男が言うには、とりあえず手紙は、
「お久しぶり、元気かな?」
の冒頭から始まったらしい。


僕は、その(普通を装った)
出だしを聞いただけでも泣けるが、

その後も、きっと妻らしい、
いつも通りの暖かくて
優しい言葉が書いてあったに違いない。


これから思春期やら受験やら、
人生最初の山場を迎える長男。


実は、僕も手紙をちょっと見たかったけど、
彼が大人になった頃、
あらためて読んでもいいか聞いてみることにして、

今は彼だけの宝物。

そっとしておくことにした。

九州からお参りにきてくれました

先週、亡き妻をモチーフにした歌「優しい世界」を作ってくれた
松谷さやかさんが九州から上京して、
お線香をあげていってくれました。

ちなみに、そのいきさつはこちらにありますが、
本当にありがとうございます。


松谷さんとは、今回初めて会って、
色々と話したのですが、
まだ22歳と僕の子供のような年齢なのに、
しっかりした素晴らしい女性。


彼女は(歌を作るにあたってブログを読みこみ)、
妻の闘病の経緯や、最期の東京タワーのこと、
置き手紙のこと、子供のこと、全部知っていて、

僕は、松谷さんが
天国で暮らす(流産した)娘のような・・・、

あの闘病生活の時、
この娘もいたんじゃないだろうか、
一緒にお母さんを(妻を)励ましていたんじゃないだろうか、

そんな気持ちにまでなってしまった。

(自分勝手な妄想で、ごめんね)


彼女が、お線香焚いて、
じっと長く語りかけている姿を見て、
涙がこぼれてきたりして。

本当にありがとう。


それにしても、
こんな素晴らしい若者と知り合えたのは嬉しいこと。

きっとどんどんん羽ばたいていくだろうし、
どんな人生があるのか?

僕は、若い彼女の成長を楽しみにしている。
自分の娘のように・・・・(ごめん、また妄想)

きっと、これも天国からの贈り物かな。


悔いの無い青春を送ってくださいね。

そして、最後に皆さんへも。

彼女が作った
優しい世界
よかったら応援してあげてくださいね。

神様との契約

(闘病中の)妻をモチーフにした「優しい世界」、この歌の歌詞に、

ねぇ、どうして…
そんなにも君は優しくなれるの…?
」と。

この歌詞は、今でも
僕の心の中にある「妻への問い」でもある(と以前言いました)。

天国の妻から僕に出された、一生ものの宿題かな。


だから、おりにふれ考え、答えを探しているんだけど、
今日は、一つ思い当たることがあったので、書いてみますね。


妻はガンになった時、こんなことを言った。

「もし神様が、家族四人で誰かが病気にならなければいけない、
と言ったら自分でいい」

僕は、その時、何でそんなに悲しい事を言うのだろうか、
「そんな残酷な人?は神様じゃない」とか言って、

妻の発言の真意がわからなかった。


でもね、今になって思う。
あの言葉は、妻と神様との契約だったんじゃないだろうか。

「もし病気が避けられない運命ならば、
自分が病気で苦しむ代わりに、家族は助けて欲しい」と。


どういうことか?

つまり、彼女は、これから自分が闘病に向かうにあたって、
苦しむことはわかっていた。

もしかしたら「死」があるかもしれない。


そんな状況で、ただ苦しんだり、死を迎えたりすることは嫌だ。
生きている意味が欲しい。

そこで彼女は神様と契約をした。

「自分が病気になることによって、
家族は病気にしないこと」


人生は虚しいし、
人は何故生きるのだろうか?
って誰だって思う。

特に病気になれば、なおさらだと思う。


誰だって、生きている意味を見出したい。


たぶん、彼女は、神様と契約することによって、
自分の人生に意味を持たせ、
自分の闘病を支えていたんじゃないだろうか。


あれから3年。

あの言葉の真意が、ふっと思い立ったようにおりてきた。
もしかしたら、天国からのメッセージだろうか。


今日は、そんな日でした。

ありがとう。

「あっ、俺だ」と図々しく叫んでしまった話

以前、妻のことがテレビの再現ドラマになったと話しました。

当然ですが、そのとき
妻を演じてくれた女優さん、僕を演じてくれた俳優さんがいたわけですが、
その後どうしているのかなあと、ちょっと気になったりしていました。

そしたら、日曜日の朝8:00頃、ぼーっとテレビ見ていたら、
僕を演じてくれた俳優さんがCMに出てきたのです。

思わず
「あっ、俺だ!」と叫んでしまった(笑)。

先方にとっては全くの迷惑で図々しい話ですが、
まあ、一人で誰にも聞かれずに叫んだだけなので、
どうかご容赦を。


ちなみに、そのCMはこちら
その俳優さん、水間貴弘さんといいます。

どんどん羽ばたいてくれるといいなあ。
秘かに勝手に応援してみようと思いました。

がんばってくださいね!


プロフィール

ジョン

Author:ジョン
1968年生まれ、男性。
1996年に結婚。
1998年長男ユータ誕生。
2002年次男ピースケ誕生。
2005年妻が乳癌発症。
2005~2009年、闘病生活。
2009年妻が38歳で他界。

東京で男3人暮らしが始まる。

大学卒業後、日本有数の大企業に就職するも、ちょっと自分の人生観と違った(?)ので2000年に退社。その後、ベンチャーや転職を繰り返す。

2008年にフリーで稼げるようになって何とか独立。後は苦労をともにした妻と人生を謳歌したい・・・・そんな夢も実現できると思っていたのに、病気だけは何ともなりませんでした。無念です。

最後の1年間は僕もフリーで時間があったし、家族一緒に色々と旅行しましたよ。幸せのひとときでした。写真は最後の沖縄旅行で妻が撮影したもの。この旅行も家族のいい思い出になりました。

さて、これからどう生きるのか?家事は?育児は?仕事は?一応、このブログに綴ってみます。どうなることやら。

では、では、いってみましょうか。

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